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2008年11月11日

オルメルト首相、67年国境までの撤退を呼びかける

2008年11月10日(月)17時のニュース

エフード・オルメルト首相は、ラビン首相暗殺13周年の公式式典で、「ラビン首相に敬意を払うために、真実を語ることにした」と述べた。同首相は「ラビン首相が切り開いた道は勇気があり、人を感動させたのは、オスロ合意前後の不確かさや躊躇があったからこそである」と強調。また、「イスラエルを民主的なユダヤ国家として残すためには、痛みを以って祖国の一部やエルサレムのアラブ地区を譲歩し、現状に合わせた修正を加えた67年の国境に戻らなくてはならないという、今日多くのものが受け入れている考えを、ラビン首相は理解していた」と発言。「我々は、我々がよく知るガリレアやネゲブに還り、それらの土地で建設し、再び想像力を育み、より現実的で情熱的な新しいシオニズムを育てるべきだ」とした。

首相は「決定は、少ないチャンスを失う前に、躊躇せずに今下し、国民は世界各国に願わしい紛争の解決法を示すべきだ」と呼び掛けた。また、「躊躇すれば、2国家案や、67年国境内でのユダヤ国家の建設に対する国際的な支持を失う可能性がある」と警告。さらに「今こそ決断の時であり、逃げることはできない」と述べ、「決定を遅らせれば、未来の大きな損害や流血につながる」とした。

最後に「ラビン首相の生前の真実でもある、死をも齎したこの真実を語らぬことなくして、ラビン首相に敬意を払うことはできない」と発言。「ラビン首相は死後もなお勝利を収め、ラビン首相の後を継ぐものは、行動、活断や真実を語る勇気を以って、彼に敬意を払う」と付け加えた。



オルメルト首相の発言に対し、リクードのギルアド・エルダン議員は「我々がエルサレムを譲歩する前に、オルメルトが首相の座を譲歩すべきだ」と批判した。同議員は「国民から、自身の汚職疑惑から遠ざけ、自身の過失を忘れさせるためには、イスラエルの首都を含む、ユダヤ教にとって重要価値のある原則すべてを譲歩する用意がある」と牽制。「オルメルトが提案する、屈服の道は、これまでもより多くの被害者を増やすだけだった」とした。

国家宗教党のズブルン・オルレブ党首は「オルメルトが左側から攻撃したことに対し、イツハク・ラビン首相は墓中で嘆いているだろう」と批判した。また、「政治生命の終わり間際に発したオルメルトの言葉に対する、カディーマ議員らの沈黙は、首相の思想への賛同だ」と付け加えた。



シモン・ペレス大統領は式典で「今でも当時のように、暴力に歯止めが利かず、ストレス発散のために、国の主権を脅かす少数がいる」と述べ、「我々は容赦なく、彼らを牽制し、裁判にかけるべきだ」と呼び掛けた。また、「過激派には正義もなければ、未来もない」と強調。さらに「多数は、少数の脅威に屈しない」とした。

大統領は「ラビン首相の背中に打たれた弾丸は、彼の道までは殺せなかった」と語り、「思想や夢は殺せない」とした。最後に、「平和は、遅れることがあっても、いずれ訪れる」と付け加えた。



故ラビン元首相の息子、ユバル氏は「次の暗殺に向けた弾丸は、すでに銃に込められており、銃口は標的に向けられている」と警告し、「発砲は時間の問題だ」と述べた。



【解説】

オルメルト首相が、67年の国境までの撤退を呼びかけた。土地はそんなにいらないから、小さな国でも平和に暮らしたいというのは、多くの人が感じていること。しかし、オルメルト首相は、発言のタイミングや仕方がうまくない。演説に何の魅力も感じられなければ、説得力も無い。リーダーにある程度必要なカリスマ性がほとんどないのは、気の毒なところ。シャロン前首相の強さが必要なこと以外何も話さないところにあったなら、オルメルト首相の弱さは何でも話してしまうこと。「無口」と「お喋り」の違い。

これまでの首相が撤退を口にしなかったのは、必ずしも撤退に反対していたからではなく、交渉の上で不利になるからという点が大きい。また、ラビン首相の記念式典で発言したということも、「式典を政治手に利用した」と言いかねられない。更に、選挙前の失言は、自身の党の損失になりかねないので、あまり注目を浴びる発言は控えた方がいいと思うのだが、首相の座も降りることだし、あまり気にしていないのだろうか?













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投稿者 moshe : 2008年11月11日 01:06

コメント

ISRAEL No Seiji Ni Oiteno Seiryoku Kankeino Enadoga Aruto Yori Wakariyasuku Rikai Dekiruto Omounodesuga...

投稿者 Joe : 2008年11月13日 06:42

Joeさん

はじめまして。
コメントありがとうございます。
「Seiryoku Kankeino E」の部分がいまいち分かりません。
もう少し具体的に説明していただけると嬉しいです。

Hello, Joe.
Thank you for your comment.
What do you mean by "Seiryoku Kankeino E"?
I'll be glad if you could explain more clear.

投稿者 moshe : 2008年11月13日 07:32

 moshe様、今晩は。

 オルメルト氏は、首相の座を退けば、その時点で立件でしょからね。全てを失うことがわかっているから本音を言えるのでしょう。追悼式の政治利用については、以前、リブリン前議長なども批判していましたね。

>シャロン前首相の強さが必要なこと以外何も話さないところにあったなら、オルメルト首相の弱さは何でも話してしまうこと。「無口」と「お喋り」の違い。

 シャロン氏の強さは、シャロン氏に限らず、ベギン氏やラビン氏など強力な首相は「近すぎず遠すぎず」、つまりは”チラリズム”で、ご指摘のように実は慎重で必要最低限のことしか口にせず、政敵の誹謗中傷は絶対にしない。それが尊敬と畏怖につながっていたと思います。オルメルト氏は参謀役としてはハマリ役だったと思いますが、トップとしては・・・。

投稿者 一刀両断 : 2008年11月13日 23:56

オルメルト首相の言っていることは決して間違っているとは
思いませんが、彼が首相在任中に和平交渉が一歩たりとも進
まなかったどころか、「東エルサレム」と「ヨルダン川西岸」に
入植地を拡大したことを思えば、本心から言っているとは、
とても思えません。
和平の停滞、レバノン戦争の失敗、最期は汚職という泥まみ
れの状態で政界を去っていくなかで、せめて最期は平和に努
力した政治家として印象を残す、いわばアリバイ作りのため
に言っているのではないかと勘ぐりたくなります。
「ガザは譲っても、エルサレムと西岸は一歩も譲るな」という
シャロン首相の遺命を忠実に守った結果だと思いますが、敷
かれたレールの上しか進めない官僚型の政治家という印象を
免れません。

投稿者 ささい : 2008年11月14日 22:29

>一刀両断様

早期選挙が決まって以来、リブニー外相もネタニヤフ野党党首も言葉を多く語りませんね(ネタニヤフ氏はだいぶ前からですが)。

特にネタニヤフ氏はだいぶ前からあまり話さず、側近に発言させ、自分は安全圏に置いている感じですね。リクードではエルダン議員が良くメディアに出ていますが、代理で発言しているように見えます。

逆にバラク国防相は、支持票を増やすためにカディーマや右派を批判し、帰り内にあっている感じです。

>ささい様

おひさしぶりです。
コメントありがとうございます。

「和平に貢献した首相」としてのイメージを遺しておきたいという思いは確かにありそうですね。

ただ、ここ10年程の発言、一方的分離計画の推進、シャロン前首相のリクード離党とカディーマ結成の推進、2006年選挙におおける集中計画の提唱などをみると、「西岸」や「東エルサレム」からの撤退の意向は本心かと思われます。

確かに、ピース・ナウのレポートなどを見ると、既存の入植地や東エルサレムのユダヤ人地区における建設は進み、政府からの資金援助も多いことが見えますね。しかし、オルメルト首相の発言の2つの点に注目してみてください。

まず、彼は「東エルサレム」と言っていません。あくまで「エルサレムのアラブ人地区」であり、「東エルサレム」とは異なります。次に、西岸については「現状に合わせた修正を加えた67年の国境」と述べています。つまり「西岸全土」もしくは「67年の国境までの撤退」とは別となります。これは恐らく、小さな入植地を撤去して、大きな入植地を残そうということではないかと思われます。

「エルサレムのユダヤ人地区と大きな入植地を除く、東エルサレムと西岸地区からの撤退」。この意向にささいさんが賛成できるかどうかは別問題だと思いますが、集中計画にもつながるオルメルト首相の本心ではないかと思います。

投稿者 moshe : 2008年11月15日 07:48

で、「大規模入植地のイスラエル側への併合」は、以前オルメルト首相と負けず劣らず口の軽いブッシュ大統領が、うっかり口にした内容で、その時はアラブメディアに「第二のバルフォア宣言」と叩かれていました。
 分離壁が暫定的な国境になると、自治政府が管轄できる土地は西岸の22%にすぎないとニューズウィークの記事に載っていました。これで、まともな国家ができるのか疑問に思います。
 それに分離壁の中に取り残されたパレスチナ人はどうなるのか? イスラエル人として扱われるのか? それとも分離壁の外へ追い出されるのか?
 ガザ撤退が和平にはつながらなかったように、これが将来の騒乱の火種にはなっても、和平にはつながらないのではと危惧しています。

投稿者 ささい : 2008年11月24日 22:32

すいません、前半部分の文が消えていました。前に投稿した文は破棄してください。

こんばんは、moshe様。ご丁寧にお返事ありがとうございます。

「エルサレムのユダヤ人地区と大きな入植地を除く、東エルサレムと西岸地区からの撤退」。

 アナポリスで決まったことは、やはりこれだったのだなと納得いたしました。
 どこに軸足を置くかで見方が違ってくるとは思いますが、ただ「土地と和平の交換」は中東和平の大前提だったはずで、「大規模入植地のイスラエル側への併合」は、以前オルメルト首相と負けず劣らず口の軽いブッシュ大統領が、うっかり口にした内容で、その時はアラブメディアに「第二のバルフォア宣言」と叩かれていました。
 分離壁が暫定的な国境になると、自治政府が管轄できる土地は西岸の22%にすぎないとニューズウィークの記事に載っていました。これで、まともな国家ができるのか疑問に思います。
 それに分離壁の中に取り残されたパレスチナ人はどうなるのか? イスラエル人として扱われるのか? それとも分離壁の外へ追い出されるのか?
 ガザ撤退が和平にはつながらなかったように、これが将来の騒乱の火種にはなっても、和平にはつながらないのではと危惧しています。

投稿者 ささい : 2008年11月24日 22:44

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