2008年02月03日
バラク国防相が留任宣言
2008年2月3日(日)12時のニュース
エフード・バラク国防相は留任を宣言した。また、「早期選挙の日程は時が満ちた際に決定するが、さほど遠くない」と説明。同国防相は「ヴィノグラード報告書は厳しく、多大な個人的道徳的影響があると考えるが、ふさわしい時期に対応する」と指摘。更に「国にとって正しく適した決断をすると約束したが、現時点ではこれが国のために正しい決断だ」と強調。「私はスドット・ヤム(※注1)での約束を覚えている」と述べ、「この決断に対し政治的代償を払うかもしれないが、現在は状況が違う」と付け加えた。
労働党のエイタン・カベル書記長は、バラク国防相の留任宣言に失望の意を示した。同書記長は「国防相はリーダーシップを発揮し、第2次レバノン戦争の厳しい結果からすれば当然である、内閣から離脱を実行すべきだった」と非難。一方、予備役兵の反抗団体指導者の一人であるヤキール・セゲブ予備少佐は「バラク国防相の決断には、裏切られたという気持ち」と述べ、「国民は将来(選挙などで)恨みを晴らすだろう」と警告した。
労働党のシェリー・イェヒモビッチ議員は「バラクの決断に対し残念な気持ちだ」と述べた。同議員は「決定は適切な考慮をもとに下されたが、イスラエル社会や労働党への影響は有害だ」と牽制。リクードのギルアド・エルダン議員は「レバノン(※注2)やツェエリーム事件(※注3)から逃れたように、バラクは責任を逃れ、戦争で過失を犯したオルメルトを首相の座に残した」と批判した。
他方、カディーマ所属のヨエル・ハソン議員は「バラクは内閣を解散させ、無駄な選挙に持ち込む理由が無いことに気づいた」と述べた。同議員は「バラクはこの決断の際に、個人の利益より国の利益を優先させた」と発言。また、「今こそが、トーラー・ユダヤ教連合を内閣に加え、政局を安定させるときだ」と付け加えた。
国家宗教党のズブルン・オルレブ党首は「バラクは政治的道徳を地に落とし、確実な公約違反と愚かなひとつの決断で、すべてを失った」と非難した。
【解説】
(※注1) スドット・ヤム バラクが「ヴィノグラード調査委員会の最終報告書提出後に内閣から離脱する」とする公約演説を行った場所。
(※注2) レバノン 2000年にバラク首相(当時)のもと行われたレバノン撤退。
(※注3) ツェエリーム事件 1992年、サダム・フセイン暗殺計画の訓練中に特殊部隊の兵士5人が事故死した事件(当初イスラエルは訓練の目的がフセイン暗殺計画だったことを否定したが、2003年に公式に認めている)。訓練中は、バラク参謀総長(当時)も視察に来ていた。そのため、「バラクは事故現場にいたにもかかわらず、兵士らを残し現場を離れた」との非難を受けた。この件に関しては1997年、国家監査官が「バラクが現場を離れたのは、事故から1時間後、兵士が病院に運ばれてから」と結論付けている。
大方の予想通り、バラクが労働党の連立続行を発表した。この決定により労働党は、公約違反として、民衆の支持を失うことになる。野党はもちろん、労働党内部から反発もありとても痛いところ。かといって、今選挙になれば勝ち目は無い。バラクは「最終的に早期選挙には持ち込むが、今は離脱しない」としたが、近いうちは厳しい状況に立たされることになる。かつて栄華を誇った労働党はどこへやら…
(ただ、ネタニヤフがそうだったように、イスラエルの政界は比較的カムバックがしやすいこともあり、今後の展開を見てみたい)。
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投稿者 moshe : 2008年02月03日 22:54
コメント
Moshe様、今晩は!
>(ただ、ネタニヤフがそうだったように、イスラエルの政界は比較的カムバックがしやすいこともあり、今後の展開を見てみたい)。
確かにそうですね。ベン・グリオン、シャミール、ラビン、ペレスの4氏は再登板経験がありますから。ただ、バラク氏に関して言えば、個人的に政界復帰はないと見ていました。01年の首相船での敗北が大差だったことと、議員を辞職して長期に及んでますし(現在も非議員)・・・・。ラビン政権下では44議席を占めていましたが、現在ではその半分以下ですし・・・。国防相をズルズルと続けざるを得ないのも、それだけ人材が枯渇しているということでしょうか・・・?!ヘルツォーク氏あたりでしょうか?!首班候補になりうるのは?!
投稿者 一刀両断 : 2008年02月05日 00:07
今のところ、バラク以外の労働党の党首候補は、アヤロン、ペレツ。将来的には、ピネス、ヘルツォグといったところでしょうね。特にピネスは一貫して反オルメルト・反右翼だったので若手ながら党内では人気を集めているように思えます。ただ若すぎるので(ヘルツォグも)、しばらくは温存でしょう。
どちらにしろ労働党は未曾有の人材不足です。2003年選挙でミツナが党首になったあたりから方向を失い始め、「他の党に比べてここがすごい!」という魅力がだんだんなくなっているように思います。
投稿者 Moshe : 2008年02月05日 10:32
>Moshe先生に意見しよ~っと
「労働党は未曾有の人材不足」というのは本当かな?
例えば他の政党と比べてどうかな。
そのイメージが正しいか、ちょっと検証。
例えば、「労働党はイスラエルの政党としては最大の安全保障問題専門家を抱えている。」という事実を日本人が知らなくても仕方ないけど、イスラエル人でも知らない人は多い。
では、証拠。
①ビニヤミン・ベン-エリエゼル将軍、②マタン・ヴィルナイ副参謀長、③ダニー・ヤトゥームはモッサド長官、④エフライム・スネ准将はアラブ人偽装隊「ミスタアラビム」の創始者、⑤アミー・アヤロンはシャバック長官、⑥エフード・バラックは参謀総長。
キラ星軍団じゃないか(笑)!
蛇足だけど、ユリー・タミール文相ですら徴兵時には軍情報部勤務。
ミツナアも将軍だったし。
ちなみに、リクードは「勇ましい」ネタニヤフもシュタイニッツも軍人ではなくシビリアンで高いレベルの安全保障問題専門家は一人もいない!
郷土党(イスラエルはわしらのおうち)には、イスラエル・ハソンが元シャバック副長官として一人!
おいおいイスラエル右翼がんばれよ!
メレッツ党元党首のラン・コーヘンですら大佐なのに。
与党第一党のカディーマにしても、モファズ参謀総長、アヴィ・デイフターがシャバック長官、ギドン・エズラはシャバック副長官と3人のみ。
これはイスラエルの謎ですね。
でも、労働党はもともとイスラエルの建国者であるマパイ党の末裔である事を考えれば謎は解ける。
イスラエル軍を創ったのも情報機関を創ったのもマパイ党を中核としたシオニスト左派で、右派はテロリスト扱いされていたのだ。
イスラエル建国初期の頃のシャバックの仕事は右派の政治家を監視する事でした。
その伝統が労働党には残っている。
「ハト派」シモン・ペレスはイスラエル核開発の責任者。
そういう意味からも、イスラエル労働党は(日本の左翼と違い政権担当能力の高い)一流政党。
労働党をなめるな(笑)。
しかも、労働党は最高の安全保障問題専門集団というだけでなく社会派政治家集団でもある。
アラブ人政治家が2人(一人は閣僚)。
ピネス、ペレッツ、タミールにジャーナリスト上がりのシェリー・ハイモビッチ。
ブラーヴェルマンは元ベングリオン大学総長。
エイタン・カベルにサラブレッドのヘルツォグとくれば、Moshe先生のテーゼ「労働党は未曾有の人材不足」は撤回してもらうしかない(笑)。
投稿者 Qちゃん : 2008年02月06日 04:14
>Qちゃんさん
はいはい。ちょっと言い過ぎでしたね。
労働党のポテンシャルはまだあると思いすし、期待はしています。ただ、アヤロン、タミール、ブラベルマン、イェヒモビッチ(のことですよね?)あたりは、まだ政治家として洗礼されていないような気がします。ピネスやヘルツォグもまだ若いですし。再スタートにはまだ時間がかかると思います。
社会問題を議題として、社会派政治家を集めるのはありだと思いますが、それを最重要問題すること(あるいはそれのみに焦点をあてること)は、現在のイスラエルでは出来ないんですよね。安全保障問題についても取り組まなければ選挙に勝てないのは、2006年で証明済みだと思います(この辺の政策がまだしっかりしていないように思いますが、また別の機会に書くとことにします)。
>ちなみに、リクードは「勇ましい」ネタニヤフもシュタイニッツも軍人ではなくシビリアンで高いレベルの安全保障問題専門家は一人もいない!
この辺は、ヤアロンなどを加えて対処するでしょう。
モファズやディヒテルもカディーマに残るとは限らないですし。
>「ハト派」シモン・ペレスはイスラエル核開発の責任者。
ペレスがハト派になったのは80年代あたりからの話ですね。それまでは入植地でも人気者。
>イスラエル建国初期の頃のシャバックの仕事は右派の政治家を監視する事でした。
そうでしたか。共産主義者が目を付けられていたのは知っていましたが。ソースがあれば読んでみたいと思います。
投稿者 Moshe : 2008年02月07日 08:29
>Moshe先生
>社会問題を最重要問題は現在のイスラエルでは出来ない。安全保障問題についても取り組まなければ選挙に勝てない。
うん。だから労働党は最大の安全保障問題専門家だって。
(①ビニヤミン・ベン-エリエゼル将軍、②マタン・ヴィルナイ副参謀長、③ダニー・ヤトゥームはモッサド長官、④エフライム・スネ准将はアラブ人偽装隊「ミスタアラビム」の創始者、⑤アミー・アヤロンはシャバック長官、⑥エフード・バラックは参謀総長。)せっかくクネセットのサイトで調べたのに...
>ヤアロンなどを加えて対処するでしょう。
でも、ヤアロンはキブツメンバーでしょう?矛盾しないか?
>モファズやディヒテルもカディーマに残るとは限らないですし。
カディーマ党自体が残るとは限らないしね(笑)。
それよりも、カディーマと労働党の合併というのは?
>ペレスがハト派になったのは80年代あたりからの話ですね。それまでは入植地でも人気者。
基本的にイスラエルに(日本で言う)ハト派など存在しないというのがQちゃんの意見。
イスラエルの「ハト派」は日本の「タカ派」以上でしょう。
つまり、イスラエルではハト派+タカ派ではなく、タカ派+超タカ派。
日本では、タカ派が存在せず、ハト派+超ハト派。
両方とも極端な例。
>>イスラエル建国初期の頃のシャバックの仕事は右派の政治家を監視する事でした。
>ソースがあれば読んでみたい。
右派政治家の監視に関しては、英国委任統治時代からハガナーやユダヤ機関などシオニスト主流派(左派)が英国のCIDと協力したりしていました。
「セゾン時代」がその良い例です。
ちなみにイセル・ハルエルはハガナーの情報局「シャイ」で右派ユダヤ人を監視する「ユダヤ課」の課長でした。
イェディオット・アハロノットのローネン・バーグマン記者がその方面詳しいようです。
投稿者 Qちゃん : 2008年02月07日 23:49
>Moshe先生
>ソースがあれば...
という事なので、ネットで探したところ
まず、右派迫害の『セゾン時代』ついて
http://en.wikipedia.org/wiki/The_Hunting_Season
http://he.wikipedia.org/wiki/%D7%94%D7%A1%D7%96%D7%95%D7%9F
上記に、後にエルサレム市長になったテディー・コレックが英国に協力し情報機関MI5に右派情報を流していたとある。
また、モシェ・アレンスによればコレック個人が同胞を裏切ったのでなく、ベン-グリオンの方針に従ったまでとある。
http://www.haaretz.com/hasen/spages/846722.html
ちなみにコレックは、当時ユダヤ機関政治局員(今日の外務省の様なもの)で上司はモッサド創設者のルーヴェン・シロアッフ。
次に下の『シャイ』の項では、CID(英国検事局)と協力した内事課(ユダヤ課)がレヒやエツェルなど右派を追跡していたとある。
http://he.wikipedia.org/wiki/%D7%A9%22%D7%99
さらに『イセル・ハルエル』の項では、「国家成立までの諜報活動で」分項に具体的にハルエルが「ユダヤ課」課長として右派情報を集めていたとある。
http://he.wikipedia.org/wiki/%D7%90%D7%99%D7%A1%D7%A8_%D7%94%D7%A8%D7%90%D7%9C
じゃぁ、イスラエル独立とともにこの右派迫害は終わったのだろうか?
『シャバック』の項の「初期の年月と1967年まで」分項に1950年代のイスラエル事情が書かれています。
http://he.wikipedia.org/wiki/%D7%A9%D7%91%22%D7%9B#_ref-3
当時シャバックはまるで「マパム党の私的情報機関」のようでした。
イセル・ハルエル率いるシャバックはマパイ党にとっての敵対的勢力である左右両派を監視。
これは、マキとへルート以外ならどことも連立を組むという、ハルエルのパトロンであるベン-グリオンの為です。
例えば、政府官庁でへルート党やマキ党の新聞を読んでる人がいれば、シャバック・エージェントがそれをチェック。
その人は次年の労働契約が結ばれずに解雇か運良くても出世出来ない。
しかも、選挙時には軍隊で兵隊の封筒に印を付けて誰がどこの政党に入れたかまでをシャバックはマパイ党の為に調べていた。
お~。イスラエル左派は怖い(笑)!
この状態が1960年代にメナヘム・ベギン率いるへルートの協力を左派が必要とするまで続きます。
最終的にシャバックがベギンに関するファイルを処理するのは、リクードが政権を取る70年代後半です。
詳しい事は2007年3月23日のイディオット・アハロノットの特集記事『シャバックの秘密』とその前週の(委任統治時代に関する)ローネン・バーグマンの記事を参照して。
「濃縮ソース」としてはこれが最高。
ただ、もしもハガナー博物館などで英国委任統治記録文書を調べるという事が出来るのならそちらの方が学術的でしょう。
Qちゃんでした。
投稿者 Qちゃん : 2008年02月08日 01:54
>Qちゃんさん
ソース集めご苦労様です。ありがとうございました。
労働党が安全保障問題の最大の専門家だということは分かりました。しかし、政策はまだはっきりしていないように思えます。
>それよりも、カディーマと労働党の合併というのは?
両党とも近づきつつあるし、有り得るのでは?その場合、嫌がってリクードに戻る議員たちも出るでしょう。
投稿者 Moshe : 2008年02月10日 08:14
>Moshe先生
ところで、それに当たるのかもしれないが、Moshe先生は「ラジオのニュース」で、政治関係がほとんどだけど、生活関連や文化芸能のニュース(極端に言えば天気予報とか)は敢えて避けているの?
そういうのも入れた方が内容に幅が出て良いと、Qちゃんは思うが。
これは、余計なお世話かな?
さて、
>>①労働党が現時点でのイスラエル政界における安全保障問題の最大の専門家集団
というのと、
②労働党がイスラエルの建国者の系譜を引くという事実
は偶然かもしれないし、関係あるかどうかというのは議論の余地があるとは思います。
ここでは、Qちゃんはこの2つを「仮説」として「関連ある」としたのですが、「関連ない」という意見でも、根拠があるなら尊重します。
>①しかし、労働党の政策はまだはっきりしていない。
これは、労働党が仮に「政策」を決めても、それを国民に納得させて引っ張っていく「力が無い」と言えるかもしれない。
つまり、労働党には安全保障問題でも社会問題でも「人材」はいる。
しかし、それらをまとめ上げる「強い政治指導者」がいない。
そういう意味では、Moshe先生の言う「未曾有の(指導者の)人材不足」は正しい。
(ようやく)この記事に戻ると、バラックが国防相ポストに残ったのは、彼にはそれしか出来ないからでしょう。
一度、「リベラルっぽい政治家」として甘い顔したら和平交渉に失敗したから、今度は「強面の軍人」として帰ってきたというのが事の本質では?
Qちゃんには政治家としての強かさという面では、バラックよりもネタニヤフの方が上に見える。
それを分かってるバラックは、今後ますます強行路線で行くだろう。
ハッキリ言って、エフード・バラックは危険だ!
というのがQちゃんの感想。
投稿者 Qちゃん : 2008年02月10日 21:34