2007年05月10日
ヴィノグラード調査委での戦争指導者の証言、公表
2007年5月10 日(木)22時のニュース
オルメルト首相はヴィノグラード調査委員会への証言で「軍は3月に、北部における戦闘への準備が整っていると報告していた」と述べた。同首相は「戦争前に、長期間訓練が行われていなかったとする報告を軍当局から受けたが、全ての機関は予算を増やすために自身が崩壊の危機に面しているように見せるため、資金不足への抗議には慎重に傾聴した」と発言。また「ギルアッド・シャリットが拉致されたとき、軍指導部は北部における拉致の可能性への準備が整っていると報告し、北部では警戒態勢がしかれた」と指摘した。
オルメルト首相は「更なる徴兵の決定は、人生で最も厳しい決断だった」と語った。同首相は「帰らぬかも知れぬ若者たちの顔が浮かび、苦しかった。そのとき、全ての責任が自分の肩にのしかかるときの孤独というものがどういうものか分かった」と述べた。
同首相は「国防相と参謀総長は更なる徴兵を支持したが、決断は私のものでなくてはならなかった」と指摘した。証言で首相は「アミール・ペレツはイスラエルが誇れる人物だ。スデロットで育ち、国防軍兵士と労働組合長を経て、労働党内でシモン・ペレスやエフード・バラクなどの大物を破った」と強調。また「戦争における大きな過失は、国防相の機能によるものではない」とした。
アミール・ペレツ国防相は「開戦から1週間後、オルメルト首相に予備役への召集を要請したが、首相は断固として反対した」と述べた。また「同件は、小規模な閣僚会議や翌日の軍会議でも浮上した」と指摘。国防相は「予備役兵の招集は、外交プロセスの交代ではなく、推進につながると判断した」と言明。「同時期に軍は召集に反対し、開戦から2週間経ってから賛成した」とした。
同国防相は「戦争の目的はある程度達成されたが、全てではない」と発言。また「もっと良い結果を出せたかもしれないが、誰も開戦前の状況には戻りたくない」と強調。さらに「政治指導部は軍に必要な行動の自由を与えた。地上戦に対する迷いがあった開戦当初を除き、指示に混乱は無かった」と指摘。「自分の決断に満足しており、今でも同じ決断を下していただろう」と述べた。
ペレツは「国防相として朝晩活動した」と発言。また「ナスラーラに、アミール・ペレツの名前を忘れられないようにすると述べたことを後悔するか」との質問に対しては、「そのような発言はしていない」とした。
ダン・ハルーツ前参謀総長は証言で「戦争における最大の過ちは、33日という戦争の長さだ」と述べた。ペレツ国防相との関係については「適切で実務的だった」としたものの、「国防相は、軍の問題に耳を傾けなかった」と発言。また「国防相とは継続的に会談を予定したが、彼が忙しいため、全ての会談は行われなかった」と指摘した。
レバノンでの地上戦については「終戦直前に行われた大規模な地上戦に向けた作戦がよりよく行われていれば、大規模な作戦自体をしなくて済んだ」と強調。前参謀総長は「国防軍は、後方が戦争の一部になることを知っており、ロケット弾への対処は開戦当初から検討していた」と強調。さらに「戦争初日には地上戦に反対したが、却下はしなかった」とした。さらに「参謀外の雰囲気は、地上戦に反対しており、イスラエルは大規模な地上戦をしないとするメディアでも伺えた」と付け加えた。これに関しては、国防相も「軍は開戦当初、地上戦に反対しており、地上戦への準備のみに賛成した」とする同趣旨の主張をしている。前参謀総長は「軍の準備を整えなかったことは間違いだった」と発言。「軍が固めた計画は全て、国防相と首相に提示された」とした。ハルーツ前参謀総長の証言の多くは規制され、公表許可が出なかった。
首相府高官は「ヴィノグラード調査委員会へのオルメルト首相の証言は、国営的で、責任があり、筋が通っている」と述べた。同高官は「首相は誰にも責任を転換せず、軍を賞賛し、戦争中の自身の考えを全て提示した」と強調した。
調査委員会への証言に関するコメント。カディーマのメナヘム・ベンサソン議員は「首相は長期的な目標に向け考え、軍に集中的な目標を与えた」と述べた。
労働党のダニー・ヤトム議員は「首相が責任を軍に転換していることを悲しく思う。証言は、彼に対する調査委の個人的批判を強めている。彼は軍の準備が整っていないと知っているにも拘らず、戦争を開始した」と発言。リクードのギドン・サアル幹事長は「オルメルトの証言は、政治部の責任を取り除き、過失を軍に転換しようとする試みだ。証言は、彼が過失から何も学んでおらず、欠陥を正すのに相応しい人物ではないことを明らかにしている」と批判した。
国家統一党のベニー・エロン党首は「証言には、既に明らかになっている過失意外に、何も新しいことは無い。決定判断者に対する国民と予備役兵の信頼を戻すために、来るべき戦争に備え、即時に政治的な変化をもたらす必要がある」と強調した。国家宗教党のズブルン・オルレブ党首は「今、なぜオルメルトが、過失を軍に転換し、責任から逃れようとする証言の公表に反対したのか明らかになった」と非難。
ハダッシ党のドブ・ハニン議員は「証言は、戦争を利用して自らの地位を固めようとした、混乱した指導部を浮き彫りにしている。しかし、戦争は指導者の地位を固めないだけではなく、兵士の命を奪う。今、我々は怠慢に対する代償を払っている」とした。
【解説】
↓ この前、ラビン広場で開かれたデモの写真をいくつか載せました。
http://www.israel-radionews.com/archives/2007/05/10_2.html
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ヴィノグラード調査委での、戦争指導者の証言が公表された。責任転換しているような発言ばかりだで、非難も強まっている。オルメルトは軍に、ペレツは首相に、ハルーツは国防相に、それぞれ責任があるとしている。しかし、報告書提示後の非難も堪えたのだから、内閣も当面は安泰だろう。
昨日は、ペレスがオルメルトに「首相になるつもりは無い」として、オルメルトはペレスの大統領選出支持を表明した(選挙は6月13日になる模様)。しかし、裏では大統領が首相になれる法案も考えているようで、ペレスはまど首相になるのか大統領になるのか決められないでいる様子。二兎追う者は一兎も得ず。このままでは、次期大統領選でも、負ける可能性は高いでしょう。
ちなみに、現在大統領選に正式に立候補しているのはリブリン前国会議長のみ。他の候補は、ペレスの出方を伺っている。
投稿者 moshe : 2007年05月10日 21:05
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