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2007年01月30日

エイラットで自爆テロ、3人死亡

2007年1月29日(月)22時 FM95のニュース

エイラットで発生したテロで3人が死亡したが、遺体の確認が困難なため身元発表と遺族へ連絡が遅れている。死亡者2人の遺族(と思われる家族)は病院に呼ばれ、身元確認のため、血液を提供した。

パレスチナ自治政府のアブー・マゼン議長はエイラットのテロを非難し「市民に対する如何なる攻撃をも非難する」と強調した。ムバラク大統領と会談するために訪問しているカイロで発言。議長のラウヒ・ファトゥフ使者は、ガザ地区における暴力の停止についてヘニヤ首相と会談するためガザに入った。


ガザ地区ではファタハとハマスの抗争が続いている。今日はだけで双方の活動家少なくとも4人が死亡した。パレスチナ治安部隊は、イスマイル・ヘニヤ首相の警備員が、リマル地区で起きた抗争を受け、議長の使者やエジプト治安当局代表との会談のため首相府を離れないよう、首相に指示したと明らかにした。現在、現地の状態は落ち着いている。およそ1時間前、シャーティ難民キャンプにあるヘニヤ首相宅付近で、大きな爆発があったと報道されたが、パレスチナ治安部隊は報道を否定した。ヘニヤ首相は今日、武装勢力、特にアブー・マゼンの指揮下にある大統領護衛部隊と国家治安部隊を町から一掃するよう呼びかけた。同首相はエジプトのオマル・スリマーン諜報局長と電話で話し、同局長はガザ地区の情勢悪化に対し懸念を示した。


イタリアのマッシモ・ダレーマ外相はエイラットについて、「和平の可能性を損なう、野蛮の行為」と非難した。同相は同国が「イスラエル・パレスチナ双方が受け入れられる合意の形成に、今後も務める」と強調した。

【解説】

9ヶ月ぶりのテロが、エイラットで起きました。イスラム聖戦とエルアクサ殉教旅団の流派である「教徒軍」が犯行声明を出しました。テロリストはガザ地区の21歳の青年。ガザからシナイ半島にトンネルで入り、エイラット北部20km地点からイスラエルに侵入。エイラットに向かったようです。

そこから、ヒッチハイクで市の中心部に向かおうとした。運転手が「どこに行きたいか?」と訊くと「ハイファ、ハイファ」と返答。不信に思った運転手は、彼を中心部のずっと遠くに下ろし、警察に通報。しかし、とき既に遅しで、テロを実行してしまいました。

冬でもワリと暖かいエイラットは、寒いヨーロッパからの観光客に人気です。しかし、ほとんど観光だけで町なので、観光客が来なくなったら、大きな打撃となってしまうでしょう。前の戦争で、北部の観光が大打撃を受けました。

【エイラット】

イスラエル最南端にある観光地。港町。面積80平方キロメートル。人口45,700人。

―――

エジプトのタバ、ヨルダンのアカバの隣にある。1985年に自由貿易地域となり、消費税がかからない。エイラットには世界レベルのホテルが並び、ダイビングの名所などとしても有名。

エイラットは聖書にも記されているが、イスラエル建国前はエジプト領でウム・ラシラシという名前だった。独立戦争(1947〜1949年)の際、イスラエル領となり、名前が変わった。エイラット占領の際にイスラエル軍が掲げた「インクの国旗」(その場に国旗が無く、布にインクで書いた)は独立戦争の象徴の一つとなった。


ヨーロッパの気温が下がると、暖かいエイラットは観光客でにぎわう。似たような浜辺があるカリブ海周辺やオーストラリアに比べ、欧州に近いことが人気の一つといえる。

姉妹都市:
アンティブ(フランス)
アリカ(チリ)
ダーバン(南アフリカ)
ロサンゼルス(アメリカ合衆国)
スモリン(ブルガリア)
カメン(ドイツ)
ショプロン(ハンガリー)
カンパン(オランダ)
ウシュアイア(アルゼンチン)

投稿者 moshe : 2007年01月30日 20:42

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