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2006年10月25日

オルメルトとペレツが会談。労働党の内閣残留について

2006年10月25日08:00 FM95 のニュース

アミール・ペレツ防衛相は、問題のある入植地を個々に丸ごと撤去するという従来の方針を改め、最近パレスチナ人の土地に建てられた特定の建物のみを撤去するよう命じた、と軍隊関係者が伝えた。破壊が予定されるのは、ヘブロン山・マオン農場にある建物、西岸地区ロネン農場にある建物とラマーラ近辺の入植地にある建物。

オルメルト首相労働党ペレツ党首は今朝会談し、両者は労働党の内閣残留について合意するものと見られる。労働党はアラブ系市民担当閣僚委員会の委員長の座とアラブ系市民関係の方針についての権限を得る見通し。また、同党は近週間中の国防副大臣任命を希望している。


労働党は日曜日、中央委員会を開催し、党の内閣残留を決定する見通し。これを受けて、内閣がイスラエル・ベイテイヌの内閣参加を承認し、月曜日にアビグドール・リーベルマンが国会にて宣誓し大臣に任命される予定。


労働党のアミー・アヤロン議員は、「イランからの脅威の払拭にはパレスチナとの政治的合意が不可欠だ」と述べた。取材に対しアヤロン議員は「、イスラエル・ベイテイヌは、イスラエル国民を強制的に国外に移住させるという、現実味の無い思考をを捨て、内閣の基本方針を受け入れ、与党の基盤を強化しなければ、イランからの脅威の払拭に貢献することは出来ない」と強調した。

ツィーピー・リブニー外相は、イスラエル・ベイテイヌの内閣参加を賞賛し、労働党の内閣残留に希望を見出した。

【解説】

今から出るので、解説は省略させていただきます。

【アミー・アヤロン・1】

元海軍長、元対内諜報機関長。労働党議員。運動「ミフカッド・ハレウミー(民族召集・英語名:The People’s Voice)」のリーダーの一人。

―――

1945年6月、キブツ・マアガンで生まれる。1963年海軍のエリート部隊「第13部隊」に入隊。1979年、同部隊の隊長に任命。1992年、海軍長に任命。1995年、国防軍から除隊。

1996年、ラビン首相暗殺により非難を受けていた対内諜報機関(シャバク)を復興すべく、機関長に任命。国民の対内諜報機関に対するイメージを改善する。2000年に引退。期間内で育ったディヒテルの任命を支持する。

アヤロンが引退したのはエルアクサ・インティファーダ勃発の数週間前。「バラク首相(当時)がアラファトにすべてを与えたのに、戦争を仕掛けた」という声が主流の中「バラクにも責任がある」と主張する。アヤロンは、バラクがパレスチナとの交渉を他所にシリアとの和平交渉を始めたこと、またアラファトへの約束をいくつか破りアラファトを困惑させたなどをキャンプ・デービッドの失敗の理由として挙げた。

また、インティファーダの背景に、パレスチナ人の和平交渉への失望や、普段イスラエル人が見ていない、検問所、入植地の拡大、自治政府内の汚職などによる挫折感があるとした。アラファトの支持については「暴力が拡大する中、自分のリーダーシップを維持するには暴力の道を選ばざるを得なかった」と述べた。

イスラエル軍や体内諜報機関の成功は認めていたものの、それらを短期間の解決法であるだけではなく、検問所や入植地拡大など新たな問題を作ると主張。そのため、占領地からの撤退と入植地の撤去を呼びかけ、イスラエルが譲れない外交カードは「パレスチナ人のイスラエルへの帰還」とした。


和平活動開始後のアヤロンについては、また次回…

投稿者 moshe : 2006年10月25日 16:17

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