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2006年08月04日

「ベイルート爆撃なら、テルアビブ攻撃」ナスラーラ

2006年8月4日07:00 FM95 のニュース

イスラエル空軍は「ベイルートが攻撃されれば、テルアビブを攻撃する」としたナスラーラの演説の数時間後、ベイルートのヒズボラ系標的を爆撃した。レバノン警察は、今回初めてウザイ地区が爆撃され、海軍の戦艦が爆撃に加わった可能性がある、と伝えた。イスラエル国防軍は、ヒズボラ事務所、ヒズボラ幹部の自宅、ハマス事務所を含むダヒヤ地区のテロ標的を爆撃したと伝えた。爆撃前、住民に家から避難するよう呼びかけた。

レバノンは、爆撃で国民3人が死亡したと伝えた。2人はティルスで、ミサイルの車直撃により死亡。また、少女がレバノン東方のバアル・ベックで死亡した。

安全保障地帯では昨夜、国防軍とヒズボラの間に激しい激戦があった。軍関係者は「村々にはまだ過激派が残っており、銃撃さんは続いている」と述べた。

今日、レバノン南部の戦闘で戦死した兵士4人の内、3人の葬儀が行われる。昨日のカチューシャ攻撃では、8人が死亡した。内5人はアッコ市民、3人はマアロット・タルヒーシャ市民。ナハリアのラムバム病院では、昨日のロケット攻撃の負傷者47人が入院している。内1人は瀕死の状態。14人が重症、他は軽度の怪我を負った。

ヒズボラは夜中にもロケット弾を発射し、ガリレア西方の空き地に着弾した。被害は無く、負傷者は出なかった。


オルメルト首相リブニー外相ペレツ国防省を協議に呼んだ。政府関係者は「協議は決定に至らなかった」と述べた。ペレツ国防省は、国防軍を次のステップ、即ちリタニー川までの地上戦拡大に備えるよう指示した。


国連安全保障理事会は、決定の書体についてのアメリカとフランスの相違点の為、水曜日以前には会議を行わない可能性がある。論争の為、フランス・アメリカ両国連大使は会談しなかった。フランスは即時停戦を要求し、アメリカはレバノンの状態が開戦前と同じに戻らないよう、停戦に条件を付け加えるよう要求している。ライス米国務長官は、週末テキサスの牧場でブッシュ大統領と、理事会決定について会談する予定。

【解説】

ナスラーラは「我々の首都(ベイルート)を攻撃するならば、お前達の首都テルアビブにミサイルを送る」と威嚇。その数時間後、イスラエル空軍は、ベイルートを爆撃した。ペレツは、兵士をリタニー川までの地上戦拡大に備えるよう指示した。

また昨日のカチューシャ攻撃では、8人が死亡。テレビや電子版の新聞が、着地場所を速報する為、だんだん命中率が上がっているそうだ。

安全保障理事会はアメリカとフランスの意見が合わず、決定を出せないでいる。

【ハッサン・ナスラーラ・1】

ヒズボラの総書記長。レバノンの政治家。

―――

1960年、ベイルート東方で生まれる。家族は正統派ではなかったものの、本人はイスラム原理主義に惹かれ次第に宗教の道を進んでいく。レバノン内戦勃発(1975年)と共に、レバノン南部にある家族の故郷に移る。

ティルスの学校に通っている間、モスクに通いつめ、説教者の目に留まる。高校卒業後、イラク・ナジャフの宗教学校に推薦入学する。1978年、ナスラーラを含むレバノン人シーア派宗教家がイラクから追放される。ナジャフから追放され、レバノンに戻ってきた宗教家はシーア派武装闘争を広め始める。

1982年、イスラエルがレバノンに侵攻。イランはイスラエルを追放し、レバノンでイスラム共和国を作る為、多くの革命防衛隊員を派遣する。イランの指示を受けた宗教家らは新組織を結成。この頃、ナスラーラは所属していたアマルを脱退し、新組織に入る。組織は1985年、名前をヒズボラと公表。目的は「イスラエルの占領集結」とする。

1985年の、イスラエル撤退後、ヒズボラはレバノンにおけるイスラエルの最大の敵となる。


議長就任後のナスラーラについては、また次回…

投稿者 moshe : 2006年08月04日 16:16

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