2006年07月30日
イスラエル空軍爆撃で50人死亡
2006年7月30日09:00 FM95 のニュース
ヒズボラは今朝から、30発以上のロケット弾をガリレア南北に向けて発射した。内3発がハイファの空き地に、同数がナハリアに着弾した。アッコには4発着弾し、共同施設と乗用車に直撃。乗用車は炎上した。現在、被害者の報告は無い。
レバノン警察はシドンより、イスラエル軍が国境近辺に侵攻し、ヒズボラとの銃撃戦が続いていると伝えた。国防軍によると、イスラエル側に被害は無く、ヒズボラ戦闘員1人が死亡した。
レバノンのメディアは、イスラエル空軍の爆撃により、レバノンのカフェル・カナで3階建てのビルが崩壊したと伝えた。現場には負傷者40人が残っている。現在、負傷者の様態は判明していない。国防軍は報道を確認している。
レバノン政府関係者は、「ヒズボラのナスラーラ議長は、イスラエルより戦利を得たと判断したため、停戦を望んでいる」と述べた。同関係者はレバノン紙アナハールに対し、「ナスラーラは自らを勝利者と見ている。軍事勝利に相応しい停戦を確約すべきだとレバノン政府に呼びかけた」と発言。ヒズボラ幹部側近は「ヒズボラは、どんな多国籍軍を派遣しようと、国境の両側に配置するよう要求する」と強調。また「ヒズボラは、多国籍軍を構成する国、大きさ、権限と期限の説明を要求する」と述べた。
フランスは安全保障理事会に、直ちにレバノンでの戦闘を終結し、レバノン南部にレバノン軍と多国籍軍を配備するよう呼びかけた。フランスが提示した決定案によると、安全保障理事会は、安定した長期間の停戦の確約と、イスラエル・ヒズボラ紛争の解決を呼びかける。フランスは「レバノン南部に、武装組織が入る事の出来ず武器も入れる事出来ない地域を作る必要がある。同地域にはレバノン兵と多国籍兵み入り、ヒズボラは兵士2人を返却する」とした。
昨夜エルサレムで行われた、オルメルト首相とライス米国務長官の会談で、停戦日程は決定せず、ライス長官は早期決定を迫らなかった。2人は、どのような停戦調整でも、兵士2人は必ず解放されるという事で合意。また、レバノン南部に配備される多国籍軍について話し合ったが、大きさや構成する国は決めなかった。
アラブ諸国で、イスラエルとヒズボラ停戦に向けて外交が行われている。ヨルダンのアブドラ国王は、サウジアラビアのアブドラ国王と会談。エジプトのアハメド・アブルゲイト外相はシリアのワリド・エルムアレム外相やシリア政府高官と会談した。
イスラエル軍上級将校は「シリアからレバノンへの武器補充は続いている」と述べた。国防軍は数日間、シリア・レバノン国境近辺で武器を乗せたトラックを爆撃。また土曜日には同国境で、倉庫、司令部、橋を含む80箇所を攻撃した。イスラエル空軍は、ヒズボラへの武器補充に使用されている、シリアとレバノンを結ぶ道路も爆撃した。
【解説】
今日も朝からロケット着弾。レバノンでは銃撃戦。イスラエル空軍の爆撃で、カフェル・カナのビルが崩壊。子供21人をふくむ50人が死亡した(CNNによると65人)。1996年にも、同じ町で似たような事件があり、「怒りの葡萄」作戦終結に繋がった(怒りの葡萄作戦は、今回の紛争と似ているところが結構ある)。
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ナスラーラは、勝ったとしてアピール。そもそも「勝利」の基準があいまいなので、双方が「勝った」と言うことが出来る。ここでは、メディアが重要になってくる。現実がどうであろうと、メディアを利用し、世論を味方につけたほうが最終的に勝つ。それが近代の戦争。ヒズボラ、特にナスラーラは、メディアの利用に関しては天才といわれている。
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ライス長官、昔レバノンを統治していたフランス、アラブ諸国などから停戦に向けた準備が進んでいる。イスラエルは少なくとも後1週間の期限を、ライス長官から貰ったようだ。
【怒りの葡萄作戦】
イスラエル軍が、1996年4月に行った軍事作戦。名前の由来はジョン・スタインバックの「怒りの葡萄」。
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1995年、イスラエルとヒズボラの緊張感が高まる。ヒズボラは、1993年の停戦を破り、何度もイスラエル北部の町に向けカチューシャを発射。米国務長官やフランス首相の訪問も無益に終わる。1996年4月9日、大多数のカチューシャ発射があり、シモン・ペレス首相(当時)は軍事作戦展開を決定する。
11日、イスラエル軍はベッカー高原とベイルートを攻撃。レバノン南部の住民はベイルートに、イスラエル北部の住民はイスラエル中央部に避難する。イスラエル空軍と砲撃隊は数百のヒズボラ関係の場所を攻撃。海軍はレバノンを海上封鎖する。その間、ヒズボラはカチューシャを打ち続ける。
15日、国連安全保障理事会はイスラエルの立場を理解。停戦を呼びかけレバノン政府も応じるが、ヒズボラは拒否。イスラエルはカチューシャ攻撃停止は停戦の最低条件とする。
18日、イスラエル軍はカチューシャが飛んできた方向に応戦。しかし、打った先は難民の避難所で国連軍がいた。攻撃で、市民100人死亡、102人が負傷。国連軍兵士4人も死亡する。同日、母娘を11人が空軍の爆撃で死亡。イスラエルは誤爆を認め、追悼の意を表すが、国際世論はイスラエルを避難し、停戦を呼びかけた。
25日、安全保障理事会はイスラエルを避難。イスラエルは攻撃をもう2日続け、27日シリアと合意する。
作戦の間、イスラエル側には777発のロケット弾が着弾。市民24人と兵士31人が負傷。レバノン側では、ヒズボラ戦闘員22人が死亡、58人が負傷。また、市民178人が死亡、470人が負傷した。
投稿者 moshe : 2006年07月30日 16:55
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