2006年07月27日
レバノン南部で激しい銃撃戦
2006年7月27日07:00 FM95 のニュース
レバノン南部の戦闘で昨日亡くなった兵士と将校計9人の名前が公表された。ビント・ジベール町の戦闘では、ゴラーニ第51部隊の兵士8人が死亡した。また、22人が負傷。内3人が重症、4人か軽度の怪我、15人が軽症を負った。
マロン・アラース村での戦闘では、パラシュート第101部隊の隊長が、サゲル・ミサイルに当たり死亡した。また3人が負傷。うち2人が重症、1人が軽症を負った。
ビント・ジベール戦の調査によると、武器やヒズボラの武装活動家を捜索する為に町に入ったゴラーニ部隊を、ヒズボラ兵士30人が待ち伏せしていた事が明らかになった。テロリストは、いくつかの地点で短距離から発砲し、多くのイスラエル兵は初めの攻撃で死傷した。
残った兵士は3時間にわたり、ヒズボラ兵と戦った。戦闘開始から6時間後、負傷者を担ぎ、ヘリコプターまで運ぶ事が出来た。国防軍は「兵士は専門的で勇気のある行動をし、ヒズボラの兵士拉致を阻止した」と述べた。兵士の死体は、夜に運ばれた。
イスラエル空軍は、40のヒズボラ司令部、3つのトラック、3つロケット弾発射機、ロケット弾発射地、道路と橋、計90箇所を爆撃した。レバノンによると、昨夜空軍は、ベイルート北方50kmに位置する、レバノン軍の基地を攻撃。イスラエル国防軍は、ヒズボラのロケット発射に使用されていたレーダーを攻撃したと発表した。
エフード・オルメルト首相は今朝、外交防衛委員会の閣議を開催する予定。政府高官は「レバノンでの戦闘は続行し、決着がつくまで終わらない」と発言。昨夜オルメルト首相は「いつイスラエルが戦闘を終結するか言うつもりは無い。ヒズボラはそれを痛みを伴い知る事になるだろう」と述べた。
国連安全保障理事会は、イスラエル空軍によるレバノン南部の国連レバノン暫定駐留軍(UNIFIL)への爆撃に対する決定を決められないでいる。爆撃により、国連監視員4人が死亡した。会議は今夜再開する予定。
最大の相違点のアメリカと、イスラエルを非難する決定を提案した、中国の意見。国連の中国大使は、レバノンでの戦闘を直ちに終結する呼びかけを緩和した。米国の要請により、「イスラエルによる攻撃が故意だった」とする項目は却下された。
中国は、イスラエルの謝罪を要求している。
オーストラリアはUNIFILで活動中の監視員12人に、レバノン南部を離れ、ベイルートへ移るよう指令した。同国のベンデン・ネルセン防衛相は「監視員が仕事を続ける事は重要な事だ」と述べた。
アメリカはシリアとイランに、停戦を阻止しないよう警告した。コンドリーサ・ライス米国務長官はイランに、和平の敵になれば、国際社会での孤立を深めると忠告。また、「シリアがレバノンに戻り、影響力を取り戻す事を容認してはならない」と強調した。ライス国務長官はこれらの発言を、東南アジア首脳会談に出席する為、マレーシアに向かう途中の飛行機で、記者団に対しした。
【解説】
今までビンジ・ベールと書いてきた町の名前は正確にはビント・ジベールでした。続けて言うとそう聞こえるので、活字で見るまで分かりませんでした。
昨日は、戦闘開始から最も厳しい戦闘となり、イスラエル兵9人が死亡した。ヒズボラは死者の数を出さないので分からないが、相手もかなりの死傷者を出した模様。いつ終わるのか全く見当がつかないが、イスラエルとしては始めてしまった軍事作戦を、作戦開始前と状況が同じまま終わらせたくない。少なくともヒズボラ弱体化を狙っている。
この状況もそろそろ「第2次レバノン戦争」と読んで良いものか?テレビでも、「戦争」を使っている人もいるが、「戦闘」あるいは「軍事作戦」の方がまだ主流。正式には「軍事作戦」で、作戦名は当初の「サハル・ホレム(相応しい代償)」から「シヌイ・キブン(方向転換)」に変わった。前者は確かに強烈過ぎるかもしれない。
ヒズボラは昨日「次の目標はナタニヤ」と発表した。
【ヒズボラ・1】
シーア派のテロ・ゲリラ組織。また、レバノンの政治的組織でもある。レバノン・シーア派、イランとシリアから支持を得ている。名前の意味は「神の党」。
―――
ヒズボラは、80年代、イスラエルのレバノン侵攻(→レバノン戦争)を受け、誕生した。同時期、イスラエル撤退とイスラム国家樹立のために、多くの革命防衛隊員がイランから送られる。1985年、ヒズボラは正式に自らの存在を明らかにし、イスラエル軍と南レバノン軍の最大の敵になる。同じ時期、ヒズボラは、イスラエル北部へのミサイル攻撃を開始する。
1992年、ヒズボラ指導者がイスラエル空軍により暗殺され、ナスラーラが議長となる。ナスラーラ就任後、ヒズボラは宗教的にも政治的にも過激化する。同年、政治的活動を開始し、国会入りを果たす。
2000年の南レバノンからの撤退の際、イスラエルはドブ山(アラビア語ではシェバア農場)がシリアから占領された土地であり、撤退する必要は無いとした。国連はイスラエルの主張を受諾。しかし、ヒズボラはドブ山がレバノン領であるとして、兵士拉致殺害やイスラエル軍基地への攻撃など比較的小規模な作戦を取ってきたが、直接対決の代償を知っているヒズボラは、2006年まで大きな戦闘を避けてきた。イスラエルも同じ理由から、直接対決を避けてきた。
また同時期、ヒズボラは武器密輸などで、パレスチナ武装組織への援助は拡大する。特にエルアクサ殉教旅団へ援助をしている。
ヒズボラの戦法などについては、また次回…
投稿者 moshe : 2006年07月27日 14:34
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