2006年07月26日
国連軍施設誤爆で4人死亡
2006年7月26日09:00 FM95 のニュース
ビンジ・ベイルで起きたイスラエル軍とヒズボラの衝突で、イスラエル軍兵士7人が負傷した。イスラエル国防軍は、まだ同地域に数十人のヒズボラ活動家が潜伏していると考えている。同時期、イスラエル軍はビンジ・ベイル周辺の村々でも軍事作戦を展開。イスラエル空軍は昨夜から、ヒズボラ司令部50箇所とカチューシャ発射に利用されているレバノン南部の土地20箇所を爆撃した。
ツファットでは先程、カチューシャが空き地帰に着弾した。負傷者は出なかった。ティベリヤ周辺にも着弾。しかし、いずれも空き地に落下し、被害はなく、負傷者は出なかった。
オルメルト首相は今朝アナン国連事務総長と対話し、「イスラエルは、誤爆で亡くなった国連レバノン暫定駐留軍(UNIFIL)4人の死に対し、追悼の意表す」と伝えた。首相は、調査団結成を確約し、調査結果は国連事務総長にも渡す事を約束した。オルメルト首相は、「空軍が意図的に国連施設を爆撃した」とするアナン事務総長の意見を否定し、「国連が誤爆に対し、意図的にやったと言う事は考えられない」と述べた。
ヒズボラのリーダー、ナスラーラは「多国籍軍が、イスラエルやアメリカの為に、レバノンに配置された場合、ヒズボラはこれをイスラエル国防軍と同じと考え、多国籍軍をも攻撃する」と牽制した。
ヒズボラに近い新聞「ディアール」は、ナスラーラがこの発言を、アナン国連事務総長のメッセージに対するものだと報道した。ディアール紙は、ナスラーラの脅迫は、アナン事務総長が、多国籍軍配備の交渉にイランやシリアを参加させ、その事についてアサド大統領と対話したためとした。
テレビチャンネル、エル・マナールでナスラーラは「戦争の新たな段階が始まった。これからはハイファ以南の都市に向けてロケット弾を発射する」と発言。また「屈辱的な停戦条件は飲まない」と延べ、「イスラエルの侵攻はロケット弾による攻撃を終わらせない」と強調した。
ナスラーラは「2週間前に兵士を拉致したのは、予想されていたレバノンへの攻撃を防ぐためだった」とも述べた。ナスラーラによると、ワシントンからの指令を受けたイスラエルは、現レバノン政府を倒し、アメリカの傀儡政府を樹立させるべく、レバノンへの攻撃を予定していた。
これに対しイスラエル政府高官は「ナスラーラは兵士拉致が戦争防止の為だったと、千夜一夜物語を話している(※注1)」と批判した。また、ハイファ以南の都市への攻撃の可能性に対し「ナスラーラは、利用するに当たって、彼を動かしている者の許可が必要な武器で脅迫している」と発言した。
パレスチナ自治政府のアブー・マゼン(アッバス)議長は、コンドリーサ・ライス米国務長官に、拉致兵士ぎるっど・シャリット危機解決策を提示した。それによると、(拉致された)シャリットは、パレスチナ人囚人釈放、ガザ地区で経攻撃停止と経済封鎖解除を条件に返還される。アブー・マゼンは、この解決策が、ハマスを含む殆どのパレスチナ組織の承諾を得ていることを明らかにした。
【解説】
南レバノンでの地上戦は続いている。また、今日も朝からツファットとティベリヤへカチューシャ攻撃。被害は出ていない。
昨日は、イスラエル空軍が国連軍施設を誤爆。4人が死亡した。これに対し、アナン国連事務総長は「意図的な攻撃」として激しく批判した。
ヒズボラのリーダー、ナスラーラは、多国籍軍をも攻撃すると警告。また、ハイファ以南の都市への攻撃もありと発言。イスラエル高官の発言は、ハイファより遠くに届くミサイルが、イラン製やシリア製のものだからだと思う。
また、「兵士を拉致したのは、元々イスラエルがレバノン攻撃を準備していたから」とちょっと苦しい発言。
(※注1)千夜一夜物語= 殺されない為に王に、千夜に渡って話をし続けたという話から、生き延びる為にいいわけを続けるという意味。
ガザ危機は終結に近づいているような雰囲気。アッバスに頑張ってもらいたいものだ。パレスチナ武装組織は、ヒズボラほど武器を持っていないので、長期戦は望めなかったとも言われている。
昨日ムラールで女の子が亡くなったニュースで、久しぶりにアザム・アザムがテレビに出ていた。「何故ここにミサイルを撃ってくるか分からない」とすると共に「我々(イスラエル)は強い民族だ。テロに打ち勝つ力と、それを応援する民衆がいる」と言っていた。ちなみに、彼はドルーズ。
ナスラーラは既にナザレの死者に対して謝罪したけど、今回はどうなのだろうか?
【アザム・アザム】
ムラール村にドルーズ系イスラエル人。イスラエルへのスパイ容疑でエジプトの刑務所に8年服役する。
―――
1996年11月、イスラエルへのスパイ容疑で、エジプトで逮捕される。逮捕の背景には、アザムと共に仕事をしていた同僚が、スパイと自首したことがある。1997年4月、カイロで裁判が開催する。イスラエルは現在まで、スパイ容疑を認めていない。
1997年8月、刑務所15年の判決が下る。エジプトのムバラク大統領は、アザムの早期釈放は無いとし、ネタニヤフ首相(当時)を非難する。
2004年12月、テロをするためにイスラエルに侵入したエジプト人学生3人と交換で、イスラエルに帰国する。帰国後、イスラエルの旗をまとい、何度もシャロン首相(当時)に感謝した光景が有名になる。
投稿者 moshe : 2006年07月26日 16:44
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