2006年05月01日
シャス連立参加。内閣ほぼ確定
2006年5月1日06:00 FM95 のニュース
シャスとの連立合意が調印された。シャスのエリ・イシャイ党首は、副首相兼通商産業労働相を確保。シャスは他に通信相、首相府宗教担当の無任所相、教育または財務担当のの無任所相を確保した。イスラエル土地局はカディーマに譲られた。
社会保障政策については、予定されていた多子世帯への児童手当の削減計画を中止することで合意。また、20億シェケルが貧困世帯の児童と彼らの教育プロジェクトに宛てられることで合意し、イシャイがこれらを担当する社会経済審議会の議長となった。
宗教法にもとづく結婚については、法的でなおかつ各政党が賛成できる解決を見出す、との方針で合意した。
トーラー・ユダヤ教連合との交渉は、合意に至らなかった。トーラー・ユダヤ教連合に按分されている、国会の経済委員会委員長と福祉省の福大臣について、カディーマは連合が内閣に参加するまで任命を保留するとした。
シャス、労働党、年金党との連立合意は、今日国会に提出される。新内閣の宣誓式は木曜日に行われる予定。
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戦没記念日記念式典は、今日夜8時の1分の黙祷およびサイレン吹鳴をもって始まる。エルサレムの嘆きの壁広場の中央式典のほか、全国で数々の式典を開く。
明朝11時、2分の黙祷およびサイレン吹鳴に続き、各地の国防軍墓地やモニュメントでの式典が行われる。
1860年より、23,123人の兵士が死亡した。その内、138人は去年の戦没記念日からの1年間に亡くなった。
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ツェスカ・モスクワは、バスケットボール欧州選手権決勝で、マッカビ・テルアビブを73:69で下した。試合終了後、マッカビのピーニー・ゲルション監督は、来季監督に再就任しない意向を示した。
ゲルションはプラハで特派員に対し「一年間、バスケットから休暇をとる。マッカビは来季、選手交代を含め、チームに変化をもたらさなくてはならない」と発言した。
【解説】
シャスの連立参加が決まり、カディーマは正式に過半数が取れた。後はトーラー・ユダヤ教連合とイスラエル・ベイテイヌが参加する可能性もあるが、しなくても一応内閣は成立する。
ちなみに、労働党中央委員会はカディーマとの合意とペレツの閣僚リストを受理。ペレツは首の皮一枚繋がった。
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今日の夜から戦没記念日。大学では今日の昼に式典がある。明日の夜からは独立記念日。
戦没記念日と独立記念日が一日違いなのは、「多くの兵隊の犠牲の上に国が建っている事を忘れるな」という意味があるそうです。しかし、戦没記念日で泣いた1日後に、独立記念日で大いに騒ぐというのは、他の国から見ると理解しがたいものもあると思う。でも、これがイスラエルの「強さ」のひとつでもあると言えるでしょう。
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マッカビはツェスカ・モスクワに負け、3年連続優勝にはなりませんでした。
【マッカビ・テルアビブ(バスケット)】
イスラエル・バスケット版巨人。長年、イスラエル・リーグに君臨し、ヨーロッパでもトップクラスのチーム(5度優勝)。
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1932年創立。1954年に始まったリーグの初シーズンで優勝。また、1958年にはイスラエルのチームとして始めてヨーロッパ選手権に出場する。
60年代までは、ハポエル・テルアビブと首位を争う。しかし、1970年にシモン・ミズラヒーがチームを買収。優秀な選手を買い集め、トップチームとしての座を揺ぎ無いものにする。この年から今日まで、マッカビがイスラエル・リーグの優勝を逃したのは一度だけ(1992年)。
1977年、ソ連の強豪ツェスカ・モスクワを準決勝で破り、初優勝を飾る。この時、アメリカからの移民で、マッカビのスターのタル・ブロディーが「我々は(イスラエルが)地図上に存在するのを証明した。これからも存在し続けるだろう」との名言を残す。
4年後の1981年に2度目の優勝。その20年後の2001年、2004年、2005年と優勝し、ヨーロッパのチャンピオンとして名を轟かす。2006年にはツェスカ・モスクワに敗れ、優勝を逃す。
投稿者 moshe : 2006年05月01日 15:32
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