2006年03月12日
イスマイル・ハニヤ、ハマスの政策をアッバス議長に提出
2006年3月12日07:00 FM95 のニュース
ハマスはアブー・マゼン(アッバス)に政策を提示し、「占領を続けるイスラエルに対し闘争を続行する」方針を示した。またテロを「パレスチナ人民の目的を成し遂げるための正当な行為」と規定。フドナ(休戦)もパレスチナの民族的目的を成し遂げるためのもので、パレスチナ人が闘争を止めた訳ではないと警告。「休戦続行への条件は、パレスチナへの全ての攻撃の停止と、パレスチナ囚人の釈放である」と主張した。
ハマスはまたイスラエルを交渉を決裂させたとして非難。「パレスチナの民族的目的を成し遂げるための、効率的方策を探る」意向を示した。
提示された政策はまた「全ての難民が、追放された自分の家や土地に帰る権利」として帰還権を定義。「帰還権は難民の正統な権利であり、放棄はありえない」と明記した。
既に調印された合意については「パレスチナ人民の利害によって履行するか否かを決定する」と規定。イスラエルの存在を認めるかについては「これは政党や内閣ではなく、パレスチナ全民衆の決定である」と含みを残した。イスラエルとの交渉については「交渉は手段であり、目的ではない。今までの交渉はパレスチナの最低限の要求を満たさなかった」とする一方、「このような交渉は、パレスチナ民衆の利害と一致すれば、今後検討する」と述べた。パレスチナ問題に関する国際的決定については「パレスチナの権利を改善させたものではない。イスラエルは自身の利害の為のみ行動している」と批判した。
アブー・マゼンのスポークスマン、アビーラ・ブーデーナは、自治政府議長がイスマイル・ハニヤが提出したハマスの政策を却下したとの報道を否定。「ハマスの政策はまだ検討中だ」と述べた。
ハマスのサラハ・バルダウィール報道官も「議長がハマスの政策を却下した」というアブー・マゼン側近の発言を否定。ハマス所属議員らは「パレスチナ高官の中には、我々とアブー・マゼンの仲を悪化させようとする者がいる」と牽制した。
ハマス所属のナイーフ・ラジュブ議員は「アブー・マゼン議長はイスマイル・ハニヤに、新内閣結成の宣言を延期させるよう要求した」と述べた。
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リクード党のビンヤミン・ネタニヤフ党首は「オルメルト内閣の政策がカディーマの政策と同じなら、リクードは内閣に参加しない」と述べた。ネタニヤフは昨夜『プゴッシ・エット・ハイトヌット』(テレビ番組)のインタビューに対し「次期選挙は、オルメルト主導の極左政策か、イスラエル国境の治安を守るリクードの政策かを決める、『国民投票』だ」と述べ、「リクードはヨルダン渓谷とイェフダ砂漠を守り、新国境をグシュ・ダンとベングリオン空港から遠ざける」気勢を上げた。
カディーマはネタニヤフの発言に対し「次期選挙は、ユダヤ的で民主的な国で平和に暮らす為に、自分で行動するかを決める『国民投票』だ」との談話を残した。
労働党のアミール・ペレツ党首は「一方的撤退は最後の選択肢であり、西岸地区についてはアブー・マゼンとの交渉に勤めなくてはならない」と言明。また「(西岸地区からの撤退は)国際的国境に戻ったレバノンやガザからの撤退と比べる事は出来ない。入植地があるため、67年の国境への撤退は誰も戻らない」との見解を示した。
ハマスのリーダーの1人。ヤシンとランティシ暗殺後は組織内部運営幹部の1人。2006年の選挙ではハマスのリストの1位及び首相候補となっている。
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1962年、ガザ地区のシャーティ難民キャンプで生まれる。1987年ガザのイスラム大学アラビア文学部を卒業。1989年刑務所に入り、3年後レバノンに追放された。1年後帰国。ガザのイスラム大学学長となる。
1997年のヤシン釈放後はヤシン事務所の事務長となる。2003年、ハマス幹部暗殺を狙ったイスラエル空軍の攻撃により、軽傷。
ヤシン側近という事から、エルアクサ・インティファーダ勃発後、注目を浴びる。2006年の選挙ではハマスのリストの1位及び首相候補となっている。ハマスを選挙対象に導く。
投稿者 moshe : 2006年03月12日 15:44
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