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2006年01月13日

リクード党内選挙で若手が勝利。シヌイ党は分裂。

2006年1月13日06:00 FM95 のニュース

リクード党内選挙でモシェ・カハロン議員が勝利し、選挙リストでビンヤミン・ネタニヤフスィルバン・シャロームに続き3番に格付けされる。「反乱者」の半分は国会入りできそうな順位に入れなかった。4位はギルアド・エルダンで、その次がギデオン・サアル。5位以降はエイタン議員、リブリン、ネヴェ、シュタイネツとシャレンスキーとなった。

リモール・リブナットとウーズィー・ランダウは党内選で10位以内に入らなかったが、リブナットは10位以内に女性を入れる決まりから10位となった。リブナット側近はネタニヤフがリブナット選出に援助しなかったと非難し「彼女を(政治的に)潰そうとした」と述べた。他3人の閣僚もネタニヤフが彼らの選出に援助しなかったとして非難した。

エフード・ヤトム議員は32位となり、政界からの引退を宣言した。リクード党内選挙には、リクード中央委員会の92%が参加した。


アブラハム・ポラズが、ヨセフ・ラピッド投手に続き2位になったロン・レヴェンシュタインに敗北した結果、シヌイ党は分裂した。少なくとも7人の議員が離党し、ラピッド党首も共に離党する見方が強まっている。離党した議員は過半数に達しているので、党の名前と党予算の多くを得る事が出来る。昨夜、彼らはテルアビブのポラズ宅にて会議を行った。

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エルサレムの政府高官によると、リクード所属の閣僚辞任の結果、ツィーピー・リブニーが外相に任命される可能性が高まり、シモン・ペレスが選挙まで外相となる確率が低くなった。

【解説】

リクード党シヌイ党国家宗教党、モレデット党(国家統一党の一部)で選挙のリストを決める党内選挙が実施された。

リクードでは、ガザ撤退反対を貫き、結果的にシャロン離党に導いた「反乱者」の多くが選挙では入れそうな位置に入れなかった。リスト上位にはカハロン(あまり聞かない名前だが「反乱者」のひとりだそうだ)などの若手が入った。これにより、今までリクードを率いてきた政治家達は上位から去った。

シヌイ党でも波乱が起きた。ラピッドは無名の相手に僅差で勝利。ナンバー2のポラズは若手に敗北。この結果、シヌイ党の多くは離党し、新党を結成する模様。どうもラピッドも一緒に離党するようだ。


シャロンの回復が予定より遅く、麻酔の量を減らしたにもかかわらず、まだ覚醒しないようだ。

【アブラハム・ポラズ】

元内務大臣。国会議員。

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1945年8月、ルーマニアのブカレストで生まれる。1950年イスラエルに移住。ヘブライ大学で法律を学ぶ。

1974年、シヌイ党設立に携わり、1983年にはシヌイ党員としてテルアビブ市役所に入る。

1988年にはシヌイ党から国会入り。国会議員として、経済やメディアなどの面での活躍を目指す。2003年には内相に任命され、地方行政の経済危機などの改善を目指すが、公務員への給料が遅れるなどして非難を浴びる。

2004年、国家予算案に反対し免職となる。


ポラズは経済的には右よりの資本主義者、政治的にはハト派とされている。

投稿者 moshe : 2006年01月13日 21:06

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