2006年01月08日
ペレスの今後
2006年1月8日10:00 FM95 のニュース
相談の結果、ハダサ・エイン・ケレム病院の専門家は、首相はまもなくCTスキャン検査を受け、その結果により今後の治療について判断すると決定した。最終的な判断が出た後、メディアに対し正式な発表が出される。
カディーマ党幹部のボイム副大臣は、ペレスのように高い地位にいる人には、他のカディーマ党員のようにオルメルト大臣をリーダーとして迎えるよう期待している。同副大臣はオルメルトがアリエル・シャロンを代行するのに最も相応しい人物だと考えている。
エフード・バラクのカディーマ参加案についてボイム副大臣は「そのような動きは、党の道を信じての参加ではなく、状況の利用だと捉えられる」として否定した。
シモン・ペレスは「オルメルトの首相代行は正しい行動だった」と述べ、必要な全ての面で援助する事を約束した。また状況をカディーマ党内での地位改善に利用しているとの発言に対しては「汚い選挙運動だ」と批判した。
【解説】
ペレスの今後の行動がハッキリしていない。そんな事から「労働党復党」か「カディーマ党内での地位向上」を狙っていると噂されている。ペレスはこれを否定。
シャロンの本当の様態は、麻酔を切らせて初めて分かる。近いうちに、徐々に切らせていく模様。
オルメルトが正式に首相になった場合、財務省を辞めなければならない。その場合、財務省はツィーピー・リブニーに譲られる模様。そうなるとイスラエル初の女性の財務省誕生となる。
第10代イスラエル首相(在任1999~2001)。この人が首相だった時、レバノン撤退が行われ、エルアクサ・インティファーダが勃発した。
一時は政界を離れていたが、戻るときはかなりイメージチェンジして帰ってきた。
―――
1942年2月、建国前のイスラエルのキブツで生まれる。
1991年参謀長官に任命される。
1994年、ヨルダンとの平和条約に関わり、シリアとの交渉に派遣される。
1995年7月には内務大臣に、ラビン首相暗殺後のペレス内閣では外務大臣に任命される。1996年の総選挙では労働党から国会入りし、1997年には党内選挙の結果、労働党党首に就任する。
1999年の総選挙では、ビンヤミン・ネタニヤフを破り、首相に就任する。
首相就任後のバラクについては、また次回…
投稿者 moshe : 2006年01月08日 17:54
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