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2005年12月17日

イスラエル・アメリカ、ハマスの選挙参加に反対

2005年12月17日13:00 FM95 のニュース

メレツ・ヤハッド党のヨースィー・ベイリン党首は「ハマスの勢力拡張は、5年の間パレスチナ自治政府の基盤を破壊し続けた、シャロン政権の政策の結果だ」として非難した。ベイリンは自治政府穏健派に援助し、パレスチナとの防衛面での協力を強化するよう呼びかけた。また、パレスチナ囚人の釈放、違法入植地の撤退や検問所撤去なども行うよう呼びかけた。


イスラエル政府高官は「ハマスが国会の選挙で勝利すれば、ロードマップの続行は不可能になる」と警告した。シャローム外相は、イスラエルがハマスの選挙参加に同意できないことを強調。同相は「ハマスが選挙に参加するならば、イスラエルは選挙当日パレスチナ人の通行を制限する」と強調した。↓

アメリカ合衆国下院は、ハマスが選挙に勝利した場合、パレスチナ自治政府はアメリカの援助を失う可能性があるとの決定を受理した。同下院はアブー・マゼン(アッバス)議長に、選挙前にテロ解体を約束するよう宣言するよう要求した。

【解説】

ハマスの勢力拡張に対するイスラエル・アメリカの反応の記事。
基本的にイスラエル・アメリカ両政府はハマスの選挙参加に反対。

【ヨースィー・ベイリン】

イスラエルの政治家。メレツ・ヤハッド党党首。

―――

1977〜1984年労働党のスポークスマン、1984〜1986年内閣書記長、1992〜1996年には副外相を務める。副外相として、オスロ合意につながるパレスチナとの交渉を開始。

1997年、労働党党首船に出馬するがバラクに敗北。後のバラク内閣で現実したレバノン撤退への活動を開始。バラク内閣(1999〜2001)では、法務大臣に任命。

その後、労働党を離党、メレツ党に転籍。2003年には、ジュネーブ協約にイスラエル代表として参加。ジュネーブ協約はシャロン首相の分離計画につながったとも言われているが、イスラエル政府の権限を無視して協約にサインしたとして非難を浴びる。

2004年3月、合併名前が変わったメレツ・ヤハッド党の党首に選出。分離計画には当初「イスラエルは一方的撤退ではなく、合意にもと図九撤退を行うべきだ」として反対。しかし、その後メレツ・ヤハッド党を分離計画賛成に導く。


ベイリンは、アラファトの死後に追悼の意を示したことやマルワン・バルグーティの釈放を呼びかけたことから「テロに屈した。テロに対して妥協しすぎだ」との非難を浴びているが、左派の中では「理想を持っている」として高く評価する人もいる。

投稿者 moshe : 2005年12月17日 21:12

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