2005年12月14日
シャロン首相「エルサレム分割」否定
2005年12月14日06:00 FM95 のニュース
首相は「シャロンはパレスチナ国家樹立の為に西岸地区の90%を譲り、エルサレムに関しても譲歩する」というカルマン・ゲイル世論調査顧問の発言を否定した。シャロンはこれらの発言を「空虚でばかげたこと」と称し、自分の政策と全く違うと発言した。
また、シャロンは全エルサレムは永久にイスラエルの首都であり、今後数年イスラエルを導いていくのはロードマップであることを強調した。
ウーズィー・ランダウ議員は「首相がすぐ否定したからにはこれらの発言は正しいと見える。シャロンがエルサレムを分割してしまうということを信用したほうが良い」と非難。ネタニヤフ陣営は「真実が明らかになった」と述べた。
カルマン・ゲイルはニューズ・ウィーク紙に「シャロン首相はパレスチナが今譲歩できないと考えているので、彼の譲歩への用意は理論的だけだ」と述べた。また、ゲイルによるとシャロンは「パレスチナ国家樹立と信用を得るためのステップによる、将来的合意の画定をしたいと考えている」。
エフード・オルメルト首相代理はニューズ・ウィーク紙に「シャロンは、リクードに出来ない占領地正常化への用意がある」と述べた。
【解説】
シャロン側近の「シャロンがエルサレム分割の用意もある」が問題になり、リクードでは「やはりシャロンは譲歩を重ね、67年の国境に戻しエルサレムを分割してしまう」と非難している。
労働党では「必要なときにはニューズ・ウィークやサンデー・タイムズを利用する」、「シャロンがすぐに否定したのは、リクード支持者の票を得るため」と非難。また、労働党では、パレスチナ紛争終結について国民の意見は一致しているのだから、選挙の焦点を社会問題に移すべきだと言っている。
ちなみにリクード党首選では、モファズ離党により票がシャロームに流れたことから、ネタニヤフとシャロームの差が縮まっているそうだ。最近の世論調査では:
ネタニヤフ:45%
シャローム:30%
フェイガリン:14%
カツ:4%
となっている。
1996年の選挙では、有力候補の現役シモン・ペレス首相を破り当選する。勝因は、当選前に相次いだテロ、テレビ討論での勝利や、レバノンでの失敗からパレスチナ系イスラエル人がペレスに投票しなかったことなどがある(他にも色々)。
ネタニヤフ政権の主な特徴は、オスロ合意後の、パレスチナ自治政府との交渉。この時代、和平交渉は進まなかった。ラビン政権の時ほどの全身は無いにしても、バラク政権のときほどの後退も無かった。
1999年の総選挙ではエフード・バラクに敗北。政界を一時的に去る。リクード党党首にはアリエル・シャロン(現首相)が就任。
2000年のバラク政権崩壊を受け、政界に復帰。しかし、2001年の選挙には出ず、ネタニヤフよりも人気が低く、「当選不可能」といわれたアリエル・シャロンが出馬。シャロンは首相に就任する。ネタニヤフは、第一次シャロン政権(2001~2003)では外務大臣を勤める。
2003年の総選挙後、第2次シャロン政権が発足。ネタニヤフは外務大臣の座を要求したものの、シャロンはネタニヤフを財務大臣に任命。
財務大臣就任後のネタニヤフについては、また次回…
投稿者 moshe : 2005年12月14日 17:08
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