2005年12月10日
エルバラダイ国際原子力機関長官、イランの原子炉攻撃しないよう警告
2005年12月10日11:00 FM95 のニュース
米外交官は、「イスラエルの証言に反し、パレスチナ自治政府はラファ検問所についての合意を尊重しているが、技術的問題が検問所を出入りする走行車の情報を遅らせている」と述べた。
米外交官は、エルサレムで行われた対談でカルテット代表らに「情報の遅れは技術的問題から来ている」と説明し、「アメリカは現在問題解決を考慮している」と発言した。
イスラエルは昨日既に、パレスチナが合意を尊重しなかった場合、合意を凍結すると発表している。[…]
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IAEA(国際原子力機関)のムハマド・エルバラダイ事務局長はイスラエルに、イランの原子炉を攻撃しないよう警告し「原子炉爆破は核兵器製造を遅らせるだけで、イランは製造を続行し、攻撃した者に報復する」と述べた。
ノルウェーのアフテン・ポステン紙へのインタビューでエルバラダイは「他の核兵器保有国の北朝鮮、インド、パキスタンなどと同様に、イランとも交渉するのが最も良い方法だ」と説明した。しかしエルバラダイは、核兵器がテロ組織の手に落ち、世界恐慌を呼ぶことに懸念した。
シモン・ペレスはミュンヘンでドイツ国会会長と、「イランの脅威」について対談した。ペレスは「イラン大統領は最も危険な人物だ。彼の反ユダヤ主義とイランの大量破壊兵器保有が重なれば、全世界を危険にさらす」と発言し、早いうちに全ての手段を使って問題を解決するよう全世界に呼びかけた。
【解説】
検問所で問題になっているのはこういうこと。ガザ撤退の際、パレスチナが検問所を管理する代わりに、監視カメラなどから、イスラエルに直接情報を送る合意があった。今のところ、情報などが遅れていて、テロリストなどが自由に名入れるようになっている。
これに対しイスラエルは、パレスチナが合意を守っていないとして、合意凍結も考えている。しかし米外交官によると、パレスチナは合意を守っているが、技術的問題があり、情報送信に遅れが生じている。
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今イランの問題が再び注目を浴びている。イスラエルとイランが核兵器を保有し、お互いをにらみ合う、冷戦の再来が懸念されている。これに対し、一部の議員(ネタニヤフなど)は、イラクでやったように(イラクの原子炉爆破については下記参照)、イランでも原子炉爆破を行うよう呼びかけている(これらの提案は「選挙が近いから、新たな問題を作って票を集めようとしている」という見方もある)。
イスラエルは核兵器で攻撃されたら「一発でおしまい」という恐怖から、これまでも周りの国が核兵器を保有するのを出来るだけ阻止してきた。しかし、イランも核兵器製造に対し結構まじめなので、いつまでも阻止出来るとは言えない。
また、当時のイラクと違い、イランの原子炉はひとつではなく、「いくつかに散らばっている」とも言われている。つまり、ひとつ攻撃したからといって、他の原子炉で製造を続けられるということ。
なんにしても、中東は問題の尽きない地域。
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ちなみに、昨日ワールドカップの抽選がありましたね。日本はブラジル、クロアチア、オーストラリアと、まあまずまずのグループ(クロアチアには、マッカビ・テルアビブのジョバンニ・ロッソがいる)。というわけで、日本には今回もがんばってほしいものです。
そういえば、昨日の抽選で、どっかの会長か誰かが、「イランのように、大統領があのような発言をする国は、ワールドカップ出場を停止するべきだ」と言っていた。それは無いんじゃないですか?国を挙げての大会に出場停止されたら、恨まれますよ。おまけに、イスラエルは逆恨みされる。
1981年、イスラエル空軍により、イラクの原子炉が爆破された事件。
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1970年代後半、イラクは核開発を開始。イスラエル軍諜報部は、イラクが核兵器を開発しようとしていると判断。イラクの原子炉の名にちなみ「タムーズ作戦」と呼ばれた作戦には、アメリカから購入した戦闘機F-16が使用されることになった。
1980年、サダム・フセインは「イスラエル滅亡」を呼びかけ、アメリカから非難を浴びる。この時点で、原子炉攻撃が確実となり、空軍でもパイロットらにも理由を秘密にしたまま、訓練が重ねられる。
攻撃は1981年6月7日早朝に行われた。この作戦には、後にイスラエル人発の宇宙飛行士となり、「コロンビア事件」で死亡したイラン・ラモンも参加していた。
作戦は原子炉のみを破壊し、死者は爆破時原子炉にいたフランス人技術者1人だった。原子炉はその後再開される事は無く、パイロットは皆無事に帰還した。
原子炉爆破は、国内外から大きな非難を浴び、普段は国連安保理会議でもイスラエルよりのアメリカも、イスラエルを非難する立場を取る。
イスラエル国内の左派は、爆破の時期は選挙のために選ばれたとして非難。実際に、世論調査で確実に勝つといわれていた労働党は、僅差でリクードに敗北。しかし現在では、もし爆破が遅れていたら放射能噴出という大惨事になっていたと言われている。
湾岸戦争後の今では「サダム・フセインは核兵器開発を目指していたので、ベギン首相(当時)の決断は正しかった」という見方と、「原子炉爆破が大量破壊兵器開発につながった」という見方がある。
投稿者 moshe : 2005年12月10日 19:45
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コメント
以前、ユーゴチームが4年間も出場停止になった時がありましたね。社会制裁とはいえ、「スポーツと政治は関係ない」というドラガン・ストイコビッチの言葉に同感します。
投稿者 ヨウコ : 2005年12月11日 10:41
イラン・ラモンを検索しててたどり着いたので記念カキコ
小説「スナップショット」をもう一度読み返したくなった
投稿者 無用 ◆MUYOxpPRF. : 2006年01月12日 16:12