2005年11月12日
ペレツ労働党党首、内閣から離脱宣言
2005年11月12日13:00 FM95 のニュース
ビンヤミン・ベンエリエゼル大臣は、1ヶ月以内に労働党が内閣から離脱すると考えていて、「政界は今混沌としている。選挙の準備をしなくてはならない」と述べた。
アミール・ペレツ労働党党首はインタビューに対し、労働党が内閣に残ることについて、首相と交渉を行わないと宣言。また、アリエル・シャロンと選挙の日程を決める努力をすると強調し、「これが自分の方針であり、リクードが国家予算について譲歩しても変える事は無い」と発言した。
アミール・ペレツは今日、ラビン首相暗殺10周年の記念式典で、演説する。
【解説】
だんだん、労働党が内閣から出て、総選挙になるという方向に向かっている。ペレツも、いつの間にか「労働党党首」の呼び名に変わっている。昨日までは「elected chairman」=「選ばれた議長」=「新議長」の名で呼ばれていた。
今夜はテルアビブで、故ラビン首相暗殺10周年の記念式典がある。月曜日には、国の正式な追悼式が、エルサレムで行われる。
1992年、総選挙での勝利により首相に就任し、オスロ合意を先導。これにより、ノーベル平和賞を受賞する。
オスロ合意は、テロに伴い、激しい論争を呼び、扇動とも取れる激しい反政府デモが行われる。エルサレムで行われたデモで、SSの写真にラビンの顔をつけたプラカードが掲げられた。
1994年10月、ヨルダンとの平和条約に調印。
1995年11月4日、テルアビブで行われた集会で、極右の学生イーガル・アミールに暗殺される。アミールは、オスロ合意が国の存亡的危機であるとみなし、ラビン暗殺がそれを止めると考えていた。アミールは終身刑となる。
ラビン暗殺の日は、国の記念日となる。
投稿者 moshe : 2005年11月12日 20:48
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