2005年10月17日
ロシアがイランの核兵器開発に関与?
2005年10月17日16:00 FM95 のニュース
ロシアのセルゲイ・イワノフ内相は、ロシア軍関係者がイランに、ヨーロッパの町を攻撃できるミサイル開発に協力したという、イギリスでのニュースを否定した。
ニューデリーで行われた記者会見で、内相はこれらのニュースを「現実性の無いばかげた事」と称した。イギリスの新聞サンデイ・テレグラフは、ロシアがイランと北朝鮮の原子テクノロジーの取引に関わっていた、と発表していた。
【解説】
国内のトップニュースに面白いのが無かったので、海外ニュースを翻訳してみました。
イギリスで公表されたニュースによると、ロシアがイランなど、原子テクノロジーの調達に関わっていたそうだ。
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昨日は、西岸地区のユダヤ人入植地で乱射テロがあり、3人が死亡。モファズ国防長官は、パレスチナ人への規制が激しくなると、発言した。亡くなったのは、23歳、21歳と16歳の入植者の若者だった。
レバノンへは1982年6月6日侵攻。13日にベイルートを包囲。数ヶ月、イスラエル軍とPLOの間で銃撃戦が行われる。この後、シリア軍とパレスチナ組織をベイルートから出す合意がなされ、8月31日に終了する。
イスラエルはキリスト教徒のレバノン首相を任命。しかし、この首相は、任命直後に暗殺される。これにより、キリスト教徒の組織がサブラとシャティーラに入り虐殺が起こる。
虐殺直後に起こった、外国からの圧力により、イスラエルは9月17日にベイルートから撤退。国内では、虐殺を調査する委員会(コヘン委員会)が設けられ、アリエル・シャロン国防大臣(当時)は、虐殺を黙認したとされ、辞任を余儀なくされる。
1983年に撤退が開始し、1985年に終了する。戦争の結果は、PLOのチュニジアへの追放、イスラエルに援助した「南レバノン軍」の設置、シリア軍への打撃、イスラエル軍の行動についての調和の崩壊など…
イスラエル軍は2000年に、レバノンから完全に撤退する。
1982年から2000年の間、670人のイスラエル兵が死亡、1216人が負傷した。また、17825人のアラブ人が死亡した。このうち、約10000人はシリア兵とパレスチナ武装組織メンバー。
この戦争は、上記の通り、「選択肢のある戦争」と捉えられていた。このため、この戦争で兵役拒否は、初めて多くの民衆の支持を得る。戦争勃発と共に兵役拒否グループ「イェシュ・グブール」が創立。この後にもグループ「4人の母」なども創立される。
投稿者 moshe : 2005年10月17日 23:40
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