2005年10月03日
自治政府警察とハマスが衝突
2005年10月3日09:00 FM95 のニュース
ハルーツ参謀総長は、違法な武器保持をめぐってシャーティ難民キャンプで起きた衝突について、「これは、自治政府がハマスやイスラム聖戦に対して行うべき最初の行動だ」、と発言。
ハルーツ参謀総長はガザ撤退後に起きたカサム・ロケット弾の攻撃について、攻撃は戦略的には予想は出来ていたが、攻撃の理由までは予想できなかったと発言。攻撃の発端となったのは、ハマスの集会で起きた爆発。
フィラデルフィア・ルート周辺での無法状態については、「長期的な結論は出せない」と発言したものの、「状態は変わりつつある」と指摘した。
またハマスについては、「ハマスは、テロ組織になるか政治的組織になるかを、選ばなくてはならない」、「イスラエル代表は、“テロリストの大臣”とは交渉しない」と発言した。
【解説】
ガザ地区のシャーティ難民キャンプで起きた衝突は、自治政府警察とハマスの間に起きたもの。衝突の発端はガザ撤退と共に起きている無法状態を取り締まろうとする自治政府に対し、ハマスは武器放棄を拒否した事。
カサム・ロケット弾攻撃の発端となったのは、ハマスの集会で起きた爆発。ハマスは自分の不注意で起こした爆発をイスラエルのせいにして、ロケット弾攻撃を開始。これに対し、イスラエル軍はガザで空爆。
フィラデルフィア・ルートはエジプトとガザの間にある国境。ガザ撤退前はイスラエルが管理していたが現在はエジプト。しかし、取り締まりは上手くいかず、行き来は自由だった。最近は少しよくなっているそうだ。
イスラエル軍の第18代参謀総長。元空軍隊長。
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1948年、西岸地区のハグールで、イラン出身の両親の間に生まれる。
1966年入隊。空軍でヨム・キプール戦争(1973)を体験した後、1978年に除隊。テルアビブ大学で経済を学ぶ。
1982年、レバノン戦争中に空軍に戻り、2000年に空軍隊長に任命される。
空軍隊長時代、数十人のテロ組織幹部が、空軍のミサイル攻撃によって、暗殺される。ほとんどの暗殺は、ハルーツの空軍隊長時代に購入されたF-16戦闘機からのミサイル攻撃によって実行された。しかし、同じ攻撃で多くの民間人も犠牲になる。
2002年のハマス幹部暗殺で空軍は、幹部の家にミサイルを発射。幹部のほか14人の民間人が犠牲となる。これにより、左派運動から、行政裁判所に訴えられる。
行政裁判所には「空軍は民間人の犠牲を出来るだけ、減らす為に努力をしている[…] もし、この結果がはじめから分かっていたら、この作戦は行われなかっただろう[…] 実際にこの作戦は何度も延期された。」、と発言した。
また、ハルーツは空軍隊長時代、練習時や作戦時などでの事故防止に働きかけ、この時代実際に空軍内での事故は削減する。
2004年、副参謀総長に任命。2005年には、空軍出身の軍人として初めて参謀総長に任命される。
投稿者 moshe : 2005年10月03日 16:29
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