2005年09月14日
ユダヤ人入植地・2
2005年9月14日11:00 FM95 のニュース
今日国境を閉鎖するというパレスチナ側の約束に反し、パレスチナ人とエジプト人は、邪魔されること無く、ラファ市の両側を行き来している。国境にはエジプト武装部隊の隊員は数人しかいない。
今日の昼、パレスチナ自治政府はイスラエル撤退後の記念式典を行う予定。式典にはパレスチナのすべてのグループの代表が参加する予定。式典は、アブー・マゼン(アッバス)議長も参加し、撤去された入植地、ネヴェ・デカリームの廃墟で行われる。
【解説】
ラファ市はガザとエジプトの両側にあり、町の中に国境がある。その為、同じ町でも自由に行き来できなかった。
イスラエル軍が、エジプト・ガザ国境にあるフィラデルフィア・ルートから、撤退してから国境は開きっぱなしの状態。エジプトも国境を警備する約束をしていたのだが…
両国の家族が久しぶりに会えることはいいことなのだが、もうそろそろ武器の密輸が始まると思うので、エジプト・パレスチナには何とかしてもらいたいものだ。
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式典が行われる予定のネヴェ・デカリームはガザ南部にあった、グシュ・カティーフの最大の入植地。ガザ撤退に伴い行われた入植地撤去で、破壊された。
グシュ・エムニームの入植地設立を受け、70年代前半の労働党政権では、入植地を公に作るのを止める。何度かあった入植地撤去の末、宗教的シオニズムは、軍事施設の近くに入植地を建てることで、ペレス国防長官(現副首相)と合意。これにより、政府の公の方針とは別に、入植地建設を黙認する形になる。
1977年の政権交代により、リクード党が政権を握ると、入植地建設ラッシュとなり、入植地は内閣から、経済的支援や法的保護などの、圧倒的支持を得ることになる。
この後、入植氏は、労働党政権とリクード政権の、各内閣から支援を得る。2004年の初めには、ヨルダン川西岸地区の40%が入植地であった。
入植地建設におけるイデオロギーは次のようなものである。ヨルダン川西岸地区及びガザ地区(通称イェシャ)は、聖書時代のイスラエルの一部であり、ユダヤ人にはそれらをイスラエルの一部にする権利がある。又、「聖地」にユダヤ人を多く入れることで、「神聖化」出来るとしている。
これは、入植を重視した方のシオニズム(シオニズムにも種類があるのです)、民族主義、メシア待望の宗教的イデオロギーが混ざって出来たもの。(入植地に宗教の人が多いのはそのため)
入植地建設に対する右と左の意見については、また次回…
参考:
http://he.wikipedia.org/wiki/%D7%94%D7%AA%D7%A0%D7%97%D7%9C%D7%95%D7%99%D7%95%D7%AA
投稿者 moshe : 2005年09月14日 17:57
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