2005年09月29日
パレスチナ・アッバス議長 イスラエルに休戦を呼びかける
2005年9月29日16:00 FM95 のニュース
パレスチナは、国防軍陣地に向けて、ガザ地区より迫撃砲を打った。負傷者も無く、被害も無かった。
パレスチナ自治政府のアブー・マゼン(アッバス)議長は、イスラエルに、パレスチナ自治内への攻撃を止めるように呼びかけた。
記者会見では、昨夜ジェニンで3人のパレスチナ人が死亡した事件を非難し、状況悪化を呼ぶ危険な攻撃だ、と発言した。また、パレスチナ組織が休戦に応じた今、イスラエルはこのような攻撃を自制するべきだ、と発言した。
【解説】
カサム・ロケット弾の攻撃が相次いだ後、イスラエルはガザ地区での攻撃(空爆など)を開始。武装組織幹部の暗殺も有り得るとしている。
これに対し、ハマスなどはロケット弾発射を停止する用意がある、と発言している。
パレスチナ自治政府議長。PLO議長。アラファト前議長の後任。通称「アブー・マゼン」。
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1935年3月、イスラエル(建国前)北部の町ツファットで生まれる。イスラエル建国後(1948)、難民として、家族と共にシリアに移住。教師をしながらダマスカス大学を卒業。50年代後半カタールに移住。57年まで同国の文化・文部省で勤務。
60年代、アラファトらと共にファタハを創立。長年パレスチナ解放運動に携わる。6日戦争後(1967)はヨルダンへ、ヨルダン軍との衝突後(通称「黒い9月事件」)はレバノンへ、そしてレバノン戦争後はチュニスへと、アラファトと行動を共にする。
80年代、アッバスの対イスラエルの態度が軟化した。オスロ合意の創始者の一人である。94年にはノーベル平和賞受賞候補に名が挙がるが、ノーベル賞をもらえるのは3人までなので受賞に至らなかった。
ファタハ創始者の一人として、長年アラファトのナンバー2だったが、パレスチナ民衆の間では人気はそれほど高くなかった。96年、PLOの書記長に任命され、ナンバー2の座を確実にする。
首相就任後のアッバスについては、また次回…
http://he.wikipedia.org/wiki/%D7%9E%D7%97%D7%9E%D7%95%D7%93_%D7%A2%D7%91%D7%90%D7%A1
投稿者 moshe : 2005年09月29日 22:39
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