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2005年09月21日

エジプト・パレスチナ国境 いまだに無法状態

2005年9月21日14:00 FM95 のニュース

シャウル・モファズ国防長官はイスラエル撤退後に、フィラデルフィア・ルートで行われたことは、パレスチナにもエジプトにも深刻な問題だ、と発言。国防長官によると、両国は出来ることをやらなかった。それと共に、パレスチナがここ数日の間、悪化した状況を克服しつつある、と指摘した。

情報局調査部門部長によると、パレスチナはスデロットへのロケット弾発射を防ぐ為、ガザ地区北部に軍を配備した。国会の国防・外交委員会で部長は、撤退以来ガザ地区に、1000丁以上の銃、数百万発の弾丸、数十発のRPGロケット弾、数百個の爆弾と大量の火薬が密輸された事を報告した。

【解説】

ガザはまだ無法状態が続いている。エジプトとガザの国境(フィラデルフィア・ルート)も開きっぱなしで、武器やテロリストの行き来も自由に行われている。

イスラエルがフィラデルフィア・ルートから撤退したのは、パレスチナとエジプトがちゃんと国境を警備するという条件の下だった。国防長官が非難しているのはその事。


スデロットはイスラエル南部にある町で、ガザからそう遠くないので、ガザからのロケット弾に悩まされていた。

【シャウル・モファズ・1】

イスラエルの国防大臣(2002~)。元参謀総長(1998~2002)。

―――

1948年、イランで生まれる。1957年、家族と共にイスラエルに移住。

1998年、参謀総長に任命される。2000年には、バラク首相(当時)にレバノン撤退の準備を任される。レバノンからの一方的撤退には反対していたものの、参謀総長としてレバノン撤退を指揮する。

2000年10月、エルアクサ・インティファーダが勃発。イスラエル軍とパレスチナ武装組織の衝突は、イスラエル国内でのテロ攻撃へと発展する。

第一次シャロン政権(2001~2003)では、シャロン首相、ベンエリエゼル国防長官(当時)と共に、「パレスチナ側には和平交渉のパートナーがいない」為、まずイスラエルは「テロに屈さない」事を「軍事的に見せ付ける」という方針をとる。

その為、ジェニン、ラマーラ、ベツレヘムなどのパレスチナの都市への侵攻などが行われた。

2002年7月、退役(後任はモシェ・ヤアロン)。


国防長官就任後のモファズについては、また次回…

参考:
http://he.wikipedia.org/wiki/%D7%A9%D7%90%D7%95%D7%9C_%D7%9E%D7%95%D7%A4%D7%96

投稿者 moshe : 2005年09月21日 21:21

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コメント

パレスチナ問題に結構興味あるんで、いろいろと教えてください。

投稿者 (´∀`) : 2005年09月22日 21:39

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