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2011年01月27日

エジプトの大規模デモ続く

2011年1月27日(木)6:00のニュース

カイロとスエズでは昨夜、政府が禁止した後も、反政府の大規模デモが続いた。数百人のデモ隊が警察と衝突し、数十人が負傷。警察は、催涙ガス、ゴム弾や威嚇発砲で応戦した。昨夜は、カイロ中心部で警官1人とデモ隊員1人が死亡したと報道されたが、エジプト治安当局は、死亡原因を交通事故と発表した。

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投稿者 moshe : 22:26 | コメント (2) | トラックバック(0)

2011年01月26日

イスラエルでよく聞くフレーズ

2011年1月26日(水)6:00のニュース

米国は、デモ隊に暴力を行使しないようエジプト政府に呼び掛けた。米国務省は声明で「米国は言論の自由と集会の自由という基本的な権利を支持する」と述べ、エジプト各方面に行動を慎むよう呼びかけた。昨夜、カイロとスエズで起きた反ムバラク政権デモで、デモ隊2人と警官1人が死亡。治安部隊は暴力を行使し、デモ隊を粉砕した。

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投稿者 moshe : 16:39 | コメント (0) | トラックバック(0)

2011年01月24日

イスラエル・パレスチナ交渉記録を暴露:アルジャジーラ

2011年1月24日(月)6:00のニュース

アルジャジーラは「パレスチナ自治政府は数年にわたるイスラエルとの交渉の中で、東エルサレムの大部分を放棄していた」とする文書を公開した。文書によると、パレスチナ自治政府は、エルサレム旧市街ユダヤ人地区全土とアルメニア人地区の一部、そして東エルサレムの内、グリーライン以東のユダヤ人居住区などを譲歩している。

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投稿者 moshe : 17:14 | コメント (2) | トラックバック(0)

2011年01月21日

ペレス大統領による夫人への弔辞

21日の昼、ペレス大統領夫人の葬儀が行われた。
以下は、ペレス大統領による弔辞。

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常に名声を避けてきたこの素晴らしい女性の最後を見届けに来て下さった皆さまに感謝いたします。彼女は名声が無くとも、純粋で寛大な心を持っていることが、自身の名誉でした。

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投稿者 moshe : 23:20 | コメント (1) | トラックバック(0)

2011年01月20日

ソニア・ペレス大統領夫人が死去

2011年1月20日(木)14:00のニュース

ソニア・ペレス大統領夫人(87)がテルアビブ市の自宅で死亡した。「赤いダビデの星」救急隊員らは、長時間蘇生を試みた後、死亡と判断した。ソニア夫人はウクライナ出身で、3歳の時イスラエルに移住。ベンシェメンの農業学校で後のペレス大統領に出会い、66年前に結婚した。

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投稿者 moshe : 23:50 | コメント (0) | トラックバック(0)

2011年01月19日

ガラント次期参謀総長の指名騒動

2011年1月19日(水)14:00のニュース

行政裁判所は、土地問題疑惑があるヨアブ・ガラント少将のサンボ総長指名を阻止する中間命令を出すよう求めた「緑の団体」の要請を却下した。同少将に関する情報を行政裁判所に提出したミハエル・エイタン大臣は「疑惑が晴れるまで、ガラント氏は参謀総長になれない」と述べた。

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投稿者 moshe : 22:56 | コメント (0) | トラックバック(0)

2011年01月17日

労働党分裂、バラク党首が離党・新党結成

2011年1月17日(土)14:00のニュース

アビシャイ・ブラベルマン大臣は、労働党の分裂を受け、イツハク・ヘルツォグ大臣と共に、辞任を表明した。ブラベルマン大臣は「バラク党首の離党は、労働党のポリシーを守る代わりに、リクードとイスラエル・ベイテイヌをサポートするという戦略の延長上にある」と非難。「バラクは良くて第2のリクード、悪くてリーベルマンより過激になるために離党した」と述べた。また、労働党を安定させるため、暫定党首になるよう、ベンエリエゼル大臣に要請したこと、さらに、党首選への出馬の意思を明らかにした。

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投稿者 moshe : 10:08 | コメント (0) | トラックバック(0)

2011年01月16日

テルアビブで1万人超デモ、人権団体調査委員会に抗議

2011年1月16日(日)6:00のニュース

人権団体の資金源を調べる国会調査委員会の設立企画に対し、テルアビブ市で1万人超が抗議デモを行った。メイール・シトリット議員(カディーマ)はデモ集会で「リクード所属の議員が調査委員会の設置を支持していると聞いたら、ゼエブ・ジャボティンスキー墓の中で泣くだろう」と非難。ニツァン・ホロビッツ議員(メレツ)は「リーベルマンの扇動を支持するのはネタニヤフ首相とバラク国防相だ」と批判し、労働党に内閣離脱を呼びかけた。

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投稿者 moshe : 20:45 | コメント (0) | トラックバック(0)

2011年01月15日

チュニジア大統領亡命

2011年1月15日(土)6:00のニュース

国外脱出したズィン・アビディン・ベンアリ大統領は、サウジアラビアに到着し、暫定的な保護を受けた。サウジ王室は「チュニジア国民を襲った特別な状況を受け、チュニジアの安定と安全を守るため、ベンアリ大統領一家を歓迎する」と表明。23年間チュニジアに君臨した同大統領は、高い失業率と食料の高騰に抗議する青年などによる、数日に及ぶ暴動の後、首都チュニスを脱出。デモ隊とチュニス治安当局の衝突では、少なくとも66人が死亡。大統領の脱出後、モハメッド・ガンヌーシ首相は大統領を兼任すると発表し、今日から各政党代表と新政府樹立に向け協議する。

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投稿者 moshe : 20:14 | コメント (0) | トラックバック(0)

2011年01月14日

レバノン情勢・パレスチナ国家・軍改宗法

2011年1月14日(金)6:00のニュース

ヒズボラ指導者のハッサン・ナスラーラ師は、昨日レバノン・ドルーズ派指導者のワリド・ジュンバラット氏とレバノン政治危機について会談した。ナスラーラ師は、レバノン勢力図を変えるため、ドルーズ派とその支持者の支持を得ようとしていると見られている。ジュンバラット氏は明日、ダマスカスを訪問。アサド大統領と会談する可能性がある。

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投稿者 moshe : 21:37 | コメント (0) | トラックバック(0)

2011年01月13日

レバノン政治危機

2011年1月13日(木)8:00のニュース

イスラエル政府は、レバノン政府の崩壊後もヒズボラが国境地帯で緊張悪化を狙うことはないと見ている。同政府高官は「現時点では情勢悪化の兆候はない」と発言。イスラエルは米政府を介し、レバノンに「今回の政治危機にイスラエルは関与しておらず、レバノン内政問題と捉えている」と伝えている。しかし、高官は「北部国境で緊張悪化の試みが確認されれば、イスラエルは黙っていない」と警告した。

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投稿者 moshe : 21:49 | コメント (0) | トラックバック(0)

2011年01月11日

国連事務総長、東エルサレムでの建設を非難

2011年1月11日(火)6:00のニュース

潘基文国連事務総長はイスラエルがシェファード・ホテルの敷地内で行っている建設作業を「地域の緊張を強める」として批判した。同総長は声明で、東エルサレムの入植を「不法な入植」と称し、建設凍結に全力を尽くすよう述べ、イスラエルが世界各国からの呼び掛けを無視していることに遺憾の意を示した。「このような行動は、和平合意の可能性を揺るがす」と牽制した。

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投稿者 moshe : 21:54 | コメント (0) | トラックバック(0)

2011年01月09日

南米諸国がパレスチナ国家承認

2011年1月9日(日)6:00のニュース

パレスチナのリアド・アルマリキ外相は、メキシコとスリナムが、パレスチナ国家を承認している南米諸国に加わる可能性を示した。同外相はシャウケル・アウサット紙の取材に対し、承認は「イスラエル外交に対する打撃だ」と発言。成果の要因として、自身がスペイン語に堪能であることを挙げた。

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投稿者 moshe : 20:37 | コメント (2) | トラックバック(0)