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2005年11月24日

シャロン新党の名前は「カディーマ」に決定

2005年11月24日07:00 FM95 のニュース

今日午後、リクード党中央委員会がテルアビブのガネイ・ハタアルハで開かれ、党首選挙の日程を来月19日に決定する。再選挙は、必要になった場合、次の週に行われる。今日の中央委員会では協議は行われず、リクード党のツァヒ・ハネグビー臨時党首が演説する。

選挙日程決定後、候補者は、ダニー・ナヴェ大臣が起草した「公平選挙実施条約」に調印する。党議員の順位を決める選挙は、1月3日に実施。

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アリエル・シャロンの新党の名前は「カディーマ」に決定し、今日正式に登録される。今日昼、初の党内会議が、テルアビブの首相官邸で行われる。首相側近は、首相が「シモン・ペレスが新党参加を決定するなら、席は空いている」と発言したことを表明。また、側近は「ペレスの権利は尊重される。彼には選挙的価値もある」と述べた。

【解説】

今回のリクード党中央委員会はシャロン離党後初の中央委員会。中央委員会には、シャロンの反対派が多い。

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昨日の時点で「国家責任党」になると思われたシャロン新党の名前は、正式に「カディーマ党」となった。前にも説明したように、「カディーマ」は「Let`s go!」のような掛け声でもあり、元気なイメージ。また、「前進」の意味もあり、「未来」、「将来」のイメージがある。

ペレスが今後どうするのかは、まだ分からない。労働党首選でペレツに敗北した後、しばらく正解を離れるといっていたが、新党参加かも噂されている。また、完全に政界を離れ、海外で後援をする可能性もあるそうだ。

【ツァヒ・ハネグビー】

イスラエルの大臣、リクード党臨時党首。

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1957年2月生まれ。ヘブライ大学で、法律と国際関係を学ぶ。全国学生連盟の元委員長。

1984〜1986年、イツハク・シャミール外相(当時)の顧問、1986〜1988年にはシャミール内閣の首相官邸理事長を務める。

1996年6月、厚生大臣に、同年9月には法務省代理、12月には法務省となり厚生大臣を辞任。この後、いくつかの汚職疑惑が出る。

2001年、環境大臣、2003年には対内国防大臣に任命。しかし2004年、国家会計調査官がネグビーが環境大臣時代、側近に環境省内で有利なポストを与えていたことを指摘。警察の調査が始まると共に、対内国防大臣を辞任(警察のトップなので…)。シャロンは当初、代わりに、ハネグビーを無任所大臣に任命。後に、エルサレム問題担当大臣に任命する。


ハネグビーはシャロンリクード離党を受け、リクード党の臨時党首に就任するが、12月ハネグビー本人もカディーマ党に転籍した。

投稿者 moshe : 2005年11月24日 19:28

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