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2005年11月01日

今後のラファ検問所について協議

2005年11月1日08:00 FM95 のニュース

国防内務顧問団は今日午前、ラファ検問所に関するパレスチナ・エジプトとの合意について協議を行う。ラファ検問所は、EU(欧州連合)の監視下の国際検問所になる模様。

検問所は、パレスチナID保持者と特別許可証を得た者のみ通過が可能となる。ラファ検問所では、安全保障検査と税関検査が行われる。

イスラエルは、監視カメラとコンピュータのデータを得る予定。

【解説】

少し元気が出たので今日のニュースを乗せます。寝ていた間、1年ほど前の記事だけが反映され、ここ数ヶ月の記事は出てこないというハプニングがあったようです。サイトに訪問してくださったのに、混乱するようなことがあったかもしれません。ライブドア側に問題があったらしく、他のブログでも問題があったそうです。

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ラファ検問所はラファ市にある、イスラエルとエジプトを結ぶ検問所で、主にガザ地区の住民が利用している。イスラエルのガザ撤退に伴い、ラファ検問所が今後どのように使われるか色々議論が行われていたが、そろそろ最終段階に入るようだ。

検問所はEUの監視下に置かれる模様。

【ガザ地区・2】

ガザ地区は、独立戦争(1948年)後、エジプト領となり、軍制が実施される。ユダヤ人の町クファル・ダロムは戦争前に撤去される。20年ほどエジプトによる統治が続くが、エジプトがガザ地区を自国の領土だと主張した事は無く、エジプトの法律もガザでは適用されなかった。

イスラエルは、シナイ作戦(1956年)の結果ガザを占領するが、休戦協定により、シナイ半島と共にエジプトに返還する。六日戦争(1967年)の結果、ガザ地区はイスラエル領となる。これにより、パレスチナ自治政府が発足するまで、イスラエル軍政が実施される。

オスロ合意でガザは自治政府の管轄となるが、グシュ・カティーフグシュ・カティーフへとイスラエルを結ぶ道、ネツァリーム、ガザ北部のエリ・スィナイ、フィラデルフィア・ルートなどはイスラエル領として残る。


2004年10月、イスラエル国会はシャロン首相の分離計画を受理。2005年8月、ユダヤ人入植地の撤去が開始する。ガザ撤退は、2005年9月に終了した。


ガザ撤退から一ヶ月が経つ現在、自治政府の完全な統治はまだない。国家建設の最大のポイントとなる、国による武器の独占も、いまだない。ハマス、エルアクサ殉教旅団、イスラム聖戦パレスチナ反抗委員会ファタハのタカ派などが、やりたい放題やっているのが現実。

今のところアッバス議長は、武力は使わず交渉のみによる武装組織解体を試みている。しかし、治安は悪化し、武装組織による軍事行進、パレスチナ人や外国人の誘拐、イスラエルへの発砲などが続いている。


<<<ガザ地区・1

投稿者 moshe : 2005年11月01日 16:17

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