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2005年11月22日

シャロン首相、新党結成正式発表。早期選挙は3月。

2005年11月22日07:00 FM95 のニュース

議院運営委員会は、今回の国会解散案を、議院運営委員会と憲法委員会のどちらで審議するかについて会議を開く。国会はすでに昨日、国会解散案最初の採決を圧倒的大多数で可決している。

首相側近は今日大統領に、議案最終可決を待たず、職権で国会を解散させるよう要請。首相側近は「議案が可決すれば、首相は新たに大臣を任命できない。リクード出身の閣僚が辞任した場合、内閣には5人の閣僚しか残らない」と述べた。シャロンは現在、リクード出身の大臣を免職させない方針だが、リクード党党内の圧力が強まれば、大臣らは自ら辞任せるを得ないと見ている。

リクード党の所属議員らは、総員会議で、党所属の閣僚に辞任を要求。カツ大臣が要求に同意したものの、結論は次回会合に持ち越した。数人の閣僚は、政治的影響力を維持するため内閣に留まる方針でいる。


シャロン新党では、リクード党党員からの新党参加への打診を個別に検討中。労働党ハイム・ラモン議員は、新党に参加すると見られている。また、マルキオール議員も新党参加に向けて交渉している。


現時点では、シャロン新党の名前は、昨日発表された「国家責任党」(アハラユット・レウミット)ではなく「カディーマ党」になる模様。

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シャローム外相は今日、正式にリクード党首選に出馬表明する。すでに昨日、モファズ国防長官が出馬表明した。

【解説】

シャロンは昨日、正式にリクード党離脱と、新党結成を発表。リクード出身の大臣らが辞任すると、内閣には5人しか残らないので、シャロンとしては早く国会を解散させ、早期選挙に臨みたい。総選挙は3月28日に決まりそう。

新党の名前「カディーマ」は「Let`s go!」のような掛け声でもあり、元気なイメージ。また、「前進」の意味もあり、「未来」、「将来」のイメージがある。「国民的責任党」よりはずっと良いと思う。


「今選挙が行われたら」という、新しい世論調査では、次のような結果になった(国会は全部で120席):
シャロン新党:33席
労働党:26席
リクード党:12席 (ネタニヤフ主導の場合)
シャス党:10席
シヌイ党:6席
以下省略

シャロンは、リクードから離党して正解か?という問いに対しては:
55%が賛成
25%が反対

【アリエル・シャロン・2】

1984年に政界に復活。連立政権では通産大臣を務め、90年のシャミール政権では建設大臣に任命される。この間、旧ソ連からの移民を受け入れの為の建設ラッシュ、ヨルダン川西岸地区の入植地建設などに力を入れる。

95年には、オスロ合意に携わったラビン首相(当時)とペレス外相(当時)を痛烈に批判。

96年のネタニヤフ政権では開発大臣に、98年には外務大臣に任命される。ネタニヤフ政権崩壊後は自らリクード党党首になり、野党党首を務める。

2000年9月28日には、ユダヤ・イスラム双方に神聖な神殿の丘を訪問。エルアクサ・インティファーダ勃発の原因となる。

2001年の首相選挙では62%の票を得て、現役のエフード・バラク首相を破り、首相となる(本来、イスラエルには首相の直接選挙は無いのだが、この年は特別に首相のみの選挙となった)。

首相就任後のシャロンについては、また次回…


<<<アリエル・シャロン・1

投稿者 moshe : 2005年11月22日 15:47

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